「お待たせいたしました。こちら、メインディッシュの牛ステーキです。本日は赤ワインもサービスしておりますので、ぜひご賞味くださいませ」

　俺はウェイターとして、ホールを歩き回る。

　当初はあまり得意ではなかったが、料理や接客関係の様々なスキルを伸ばした今では、むしろ得意と言えるまでになった。

　お客さんからも『ラビット亭のウェイターはイケメン』と評判になっているほどだ。

　顔つきは変わっていないはずだが、所作が美しいとイケメンに見えるのだろう。

　ま、俺はモニカ一筋なので、お客さんの想いに応えることはないが……。

「タカシ！　次はお父さんを手伝ってくれる？　仕上げにタカシの力が必要なの」

「ああ。わかった」

　モニカに声をかけられ、俺はそちらへ向かう。

　俺はウェイターが主な担当だが、料理もできる。

　手伝いをするぐらいは全く問題ない。

　モニカの父ダリウスの病は、無事に完治している。

　初級まで伸ばした俺の治療魔法で病状を和らげつつ、日々の稼ぎを蓄えて上級薬を購入したのだ。

　その甲斐あって、今ではダリウスも元気に働けている。

　俺とモニカの仲も祝福してくれた。

　そんな感じで、ラビット亭の営業は順風満帆だ。

　――ある日、モニカの顔色が悪いことに気づいた。

　俺は心配になって、彼女に声をかける。

「モニカ？　どうした？」

「あのね……。例の犬獣人の子なんだけど……」

　俺はモニカから事情を聞く。

　ラビット亭が大盛況になる前はたまに顔を出していたという、犬獣人の少女。

　モニカは彼女の名前や住んでいる場所を知らない。

　俺なんて、その子と会ったり話したりしたことすらなかった。

　モニカは、次に彼女が来たら声を掛けようとしていた。

　場合によっては、彼女をウェイトレスや雑用係として雇うことも考えていたらしい。

　だが、彼女はその後もずっとラビット亭に来なかった。

　そして……今日。

　ついに彼女の情報が入ってきた。

　常連さんが情報を提供してくれたのだ。

「うぅ……。私が……私が自分から探しに行ってれば……」

「モニカ、自分を責めるな。名前も知らなかったんだし、仕方ないことだ……」

　俺はモニカを慰める。

　その犬獣人は、やや貧しい者たちが住む地域に住んでいたらしい。

　難病の母親と２人で暮らしており、母親は寝たきり。

　父親はいない。

　兄はいたが、少し前のホワイトタイガー騒動で死亡した。

「母親と共に衰弱死か……。悲しい話だな……」

　その一家の頼みの綱は、兄だったのだろう。

　モニカからの食料援助も、決して小さくはなかったはずだ。

　そんな中、少女の兄が死亡してしまい、さらにはタイミング悪くラビット亭の営業方針が高級路線に変更されて……。

　まさに八方塞がり。

　それでも餓えるぐらいなら、ダメ元でもラビット亭に来てくれればよかったのだが……。

　そう決断する前に、栄養不足から急激に体調が悪化してしまったのかもしれない。

　最後は、母娘で抱きしめ合うようにして衰弱死していたそうだ。

「ううぅ……。タカシぃ……」

「モニカ、泣くな。今は俺たちにできることをしよう」

　俺は泣きじゃくるモニカを慰めながら、決意する。

　これ以上、不幸な人を生み出してはならない。

　俺たちには料理の力があるんだ。

「これからも美味しい料理を作って、たくさんの人に笑顔を届けよう」

「うん……。ぐすっ……」

　俺はモニカの涙を拭く。

　そして、彼女を優しく抱きしめたのだった。