「っ……!!」
「なんだ?」
景春が首筋を手で押さえる。
薄くとはいえ、俺が刀で斬りつけたのだ。
当然と言えば当然の行為。
だが……。
「血が出ていない? それは……桜の花びら? なぜ……」
俺はそう呟いた。
首筋から桜の花びらが散ったのだ。
「見たな? 余の『血統妖術』を」
「『血統妖術』だと……?」
景春の首筋に、傷はない。
しかし、彼の首筋から桜の花びらが散っている。
それらの花びらはしばらく宙を舞ったあと……景春の体に吸い込まれるように消えた。
「見られてしまっては仕方ない……。この桜の花びらが、余の力だ。『血統妖術・散り桜』という」
景春が言う。
その体からは、先ほどよりも強い妖力が感じられる。
俺が少しばかり動揺している隙を突き、彼は俺から距離をとった。
「『散り桜』……。それがお前の力か」
「そうだ。桜花家は、代々『桜系の血統妖術』を受け継いでいる。藩主たる余は、とりわけ強い力を持っているのだ」
「ほう? だが、強いとは言っても――」
言葉の途中で、俺は素早く景春の懐に潜り込む。
そして、彼の太ももを斬りつけた。
「この程度か」
俺は景春に言う。
太ももは深々と斬れている。
放っておけば、出血多量で命を落とすだろう。
そういうレベルで斬りつけた。
偉そうなこいつも、命の危機を感じれば従順になるはず。
さっさと紅葉たちの居場所を吐いてもらおう。
「クソガキめ、実力の差が分かったか?」
「なっ……!? い、今の速度は……?」
俺が刀を納めると、景春は信じられないと言わんばかりに目を剥いた。
そして、呆然とした表情を浮かべる。
「紅葉たちを返し、桜花城を明け渡せ。そうすれば、俺の治療妖術で止血ぐらいはしてやる」
「……一つ目の条件はともかく、二つ目の条件は飲めん。余は桜花藩の藩主だ。藩を明け渡すなど、できるはずがない」
「現実が見えていないらしいな。そのままだと、お前は死ぬぞ?」
「死にはしない。余は傷を負っておらぬ」
景春が言う。
そして、切り裂かれた太ももを見せてきた。
かなり深めに斬りつけたはずだが……。
そこには傷がなかった。
代わりに、その周囲に桜の花びらが舞っている。
「余には、一切の攻撃が通じぬ。桜花家に伝わる血統妖術……いや、大和の地に伝わる血統妖術の中でも、とりわけ防御性能に優れた妖術。それが……」
「それが『血統妖術・散り桜』……というわけか。なるほどな」
俺は呟く。
攻撃に対する絶対防御。
いや、防御というよりは『受け流し』に近いか?
単に強固な鎧なら、いつかは耐久力を超える攻撃で破壊される。
だが、肉体そのものを桜の花びらに変えられれば、斬撃や打撃で突破するのは難しい。
宙を舞う花びらは、捉えどころがないからだ。
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