ネルエラ陛下より新たな司令を受け取った翌日。
俺は、さっそく千と面会することにした。
場所は王城の地下牢。
通常の犯罪者は街の牢屋に収容されるが、政治犯や重要度の高い囚人はここに収容されるのだ。
薄暗い地下牢の中で、彼女は静かに佇んでいた。
「うふふ。久しぶりですわね……」
俺の姿を見るなり、そう呟く。
彼女と最後に会ったのは一週間前ぐらいだったかな?
適当な世間話をした。
久しぶりと言えば久しぶりだ。
「ああ、そうだな。元気だったか?」
「ええ……。元気といえば元気ですわ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。この数日は食事もほとんど喉を通らず、眠ることもできませんでした。でも、今はもう大丈夫……。タカシさんとまたお会いできたので、すっかり回復しましたわ」
「…………」
彼女の言葉は少しだけ嬉しい。
だが、そのまま信じることはできない。
彼女は闇で暗躍する魔性の女なのだ。
「あら? わたくしの言葉を疑っておりますの?」
「そうだな。ほとんど食事せず、寝てもいないだって? それなら、こんな腹にはなっていないだろう!」
「ひゃんっ!?」
俺は牢屋越しに、彼女の腹を人差し指でつついた。
うん!
柔らかい!
「ちょっ……いきなり何をなさるのですか!?」
「ふうむ。やはり、少し贅肉がついて柔らかくなっているぞ。囚人の癖に、ずいぶんと甘やかされているようだな」
「それは……。ええ、そうですとも。わたくしから情報を引き出すため、サザリアナ王国は手厚くもてなしてくれましたよ。美味しいご飯、ふかふかのベッド、それに……」
「快適な地下牢か」
「はい。この部屋は少し薄暗いですが、空調も整っていて過ごしやすいですね。お風呂にも入れていただきました。まあ、一日一回だけですけど……」
「ほう……」
彼女が言うように、地下牢とはいえ、かなり快適に過ごせるようになっているようだ。
罪人から情報を引き出すためには、大きく2つの方針が考えられる。
1つは拷問。
もう1つは、厚遇による懐柔だ。
「拷問はされなかったのか?」
「もちろん、毎日のように拷問を受けていましたよ」
「そうか……」
拷問はされていたのか。
それはひどい。
俺はサザリアナ王国に対する警戒心を一段階上げる。
しっかりとした法体制を持っていると思っていたが、こういうところは前時代的なんだな。
「具体的に何をされたんだ?」
「そうですね……。まずは、わたくしの目の前でスピーディバッファローの肉を食べるところを見せつけられましたわ。これが欲しければ情報を吐けと……」
「ん?」
「次はお風呂上がりのマッサージでしょうか。いいところまでほぐしてくれたのに、最後の仕上げをして欲しければもっと情報を吐けと言われてしまいまして……」
「おい……」
「最後はこれです。食後のスイーツが食べたければ、ヤマト連邦への侵入経路を案内せよと……」
「お前……」
俺は呆れ果てた。
つまり、彼女は高級肉食べさせてもらって、マッサージを受け、スイーツまで味あわせてもらったのだ。
何で囚人がいい生活をしてるんだよ。
……まあ、下手に拷問するよりはこっちの方が情報を引き出せるのかもしれないが。
「わかった。その待遇に感謝しろとは言わないが、とりあえず役目は果たしてくれよ?」
「うふふ。ベアトリクス殿下とソーマ騎士爵の案内ですわね? わかっておりますわ。わたくしたち女王派閥にも利がある提案ですし、案内ぐらいはして差し上げましょう」
ベアトリクスとシュタインの使節団は、千の案内のもと、上陸までは無事に辿り着けることだろう。
その後は彼ら次第となるが、最悪でも女王派閥と接触ぐらいはできるはずだ。
「ああ、よろしく頼む。それとは別に、この王都の一般街に潜む悪党どもを捕まえて欲しいという司令を受けている。そいつらの情報をもらえるか? 俺はヤマト連邦には行かないから、その間に片付けておくぜ」
俺たちミリオンズが隠密隊としてヤマト連邦に潜入するのは、極秘事項である。
知っているのは、ネルエラ陛下やコンラード第二王子、ベアトリクス、シュタインなど一部の者に限られる。
当然、部外者の千には秘密としている。
「ええ。もうこの国は用済みですし、話して差し上げましょう。まず、賭博場の場所ですが……」
千が話を始める。
俺は牢屋の鍵を空けて中にお邪魔し、イスに座ってその話を聞く。
改めて見ても、清潔でいい部屋だなぁ。
「……ふむ。有益な情報をありがとう。感謝しよう」
「いえ……。それではいよいよ、タカシさんともお別れですわね。もう会うこともないかと思います」
「ああ……。そうだな」
実際には、彼女がベアトリクスたちとともにヤマト連邦へ向かった2、3か月後ぐらいには、俺もヤマト連邦へと出発する予定だ。
また会う可能性は十分にある。
だが、そのことを話すべきではない。
「タカシさん。こちらに寄ってください」
「なんだ?」
千が手招きしている。
俺は彼女の方へ近寄る。
すると、彼女は俺の頬に手を当ててきた。
「ちょっ!?」
「じっとしてください。動かないで……」
俺は驚き、固まってしまう。
そんな俺を尻目に、千は優しく微笑む。
そして、そのままゆっくりと顔を近づけてきて……。
「……えっ!?」
千がキスしてきた。
それも濃厚なやつ。
10秒以上はあっただろうか。
ようやく唇が離れる。
「な、ななな、何をするんだ!?」
「あらあら。真っ赤になって可愛いですね」
「うるさい! ふざけているのか!」
「いいえ、大真面目ですよ」
「なにぃ……」
「だって、わたくしはあなたのことが好きですから……」
「……はい?」
今、なんて言った?
俺のことを好きとか何とか聞こえたが……気のせいだよな?
「わたくしはタカシさんのことが好きなんです。だから、最後に思い出を作っておきたかったのです」
「……」
マジかよ。
どうしよう。
嬉しいんだけど、困ったぞ。
こんな美女に告白されるなんて思ってもいなかった。
「ねえ、タカシさん。もう一度だけ言います。わたくしはあなたを愛しています。サザリアナ王国を出奔して、大和連邦に身を捧げるつもりはありませんか?」
真剣な表情で愛を告げる千。
俺は、その瞳を見つめ返す。
「悪いな、その手には乗らんぞ。おおかた、俺と恋人関係になり、俺を通じてサザリアナ王国の情報を引き出そうとしていたんだろう? 女王陣営とやらの戦力も強化できるし、一石二鳥といったところか」
「うふふ……。バレてしまいましたか……。残念です」
「当たり前だ。お前の腹黒さは知っている。俺をどうこうできるとは思わないことだ」
千は単身でいろいろと暗躍していた女だ。
こういう強かさを持っている。
油断できない。
実は彼女の忠義度も30を超えているので、俺のことを憎からず思っているのは確かだろうが……。
忠義度30ぐらいでは、全面的に信用することは避けたほうがいい。
「うふふ。それでは、こちらではどうです?」
そう言うと、彼女は俺の手を取る。
そして、自分の胸に当てさせた。
「お、おい!」
「ほらほら、遠慮しないで揉んでください。この体で、たっぷりとご奉仕してあげますから……」
千は妖艶に笑う。
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「……ダ、ダメだダメだ。その手には乗らん!」
俺は鋼の意思をもって誘惑を撥ね退ける。
まったく、とんでもない小悪魔だ。
「うふふ……。残念ですわ。最後の勧誘も空振りですか」
千が妖艶に微笑む。
その中には、落胆の色もあった。
「それでは、今度こそ今生の別れとなります。こんなことを言えた義理ではないかもしれませんが、どうかお元気で」
「ああ。お前もな。いろいろあったが、嫌いではなかったよ」
こうして、俺は千に別れを告げたのであった。
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