俺はサーニャちゃんを守るため、チンピラたちの前に立ち塞がった。
目立たないように、声を震わせながら叫ぶというオマケ付きだ。
その目論見通り、チンピラたちは俺のことを弱者と侮っている。
俺の演技が上手すぎたせいか、リーダー格のヨゼフが殴りかかってきた。
「ぐへへへへぇ! 死ねぇ!!」
ヨゼフが拳を握りしめ、大きく振りかぶりながら近づいてきた。
一般的には悪くない動きだ。
冒険者で言えば、Dランク上位くらい……あるいはCランク下位といったところだろうか。
チンピラとしては十分な強さと言える。
(だが、相手が悪かったな……)
俺ならどうとでも対応できる。
視力強化を活かして動きを見切りカウンターを決めてもいいし、火魔法で消し炭にしてやってもいい。
闘気を纏った固い体で敵の拳を砕いてもいいし、治療魔法で不死鳥のごとく蘇り続けてもいい。
幻惑魔法や影魔法で惑わすのもありだし、抜群の体力と回避術で持久戦を仕掛けるのも悪くない。
選択肢が多すぎて、逆に迷うレベルだ。
(どうするか……。倒すだけならどれでもいいが、目立たないようにこの場を乗り切るには……)
俺は作戦を立てる。
最も目立たないのは、このまま弱者を演じきってボコボコにされることだろう。
しかしその場合、俺という邪魔者を排除したヨゼフたちがサーニャちゃんに手を出すことになる。
俺が彼らを圧倒するのは目立つので良くない一方で、俺が彼らに完敗するのも避けたい局面だ。
「ビビって動けねぇようだな? くたばれやぁっ!!!」
ヨゼフのパンチが飛んでくる。
弱者を痛めつけることに興奮しているのか、彼の顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「ひぃっ!?」
俺は怯えたような声を出しつつ、頭を抱えてしゃがみ込む。
完璧な弱者仕草である。
少なくとも、周りからはそう見えているはずだ。
だが――
キーン!
俺がダメージを受けることはなかった。
代わりに、俺の頭部に柔らかいものが直撃した。
「ふごっ!?」
それはヨゼフの股間だった。
完全に油断したまま殴りかかってきた彼の目の前で、俺が急にしゃがみ込んだため、そのまま股間を打ち付けてしまったのだ。
「ぐ……ぐぎぎ……!!」
ヨゼフが悲鳴を上げて悶絶している。
彼は四つん這いになって倒れ込み、ピクピク震えていた。
「えっと……。いったい何が起きたのです?」
俺は心配したような声を出す。
まぁ、この攻撃はもちろん意図的なものだが。
俺としても、自分の頭部を男の股間にぶつけるなんてマネはしたくなかった。
しかし、他に有効な選択肢が思い浮かばなかったのである。
敵に舐められた弱者という立場を維持しつつ、適度にダメージを与えるには、これが最適解だと判断したのだ。
「ヨゼフの兄貴! だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だっ! 俺がこんなザコに負けるわけがない……!!」
ヨゼフが涙目になりながらも立ち上がる。
(さすがはチンピラ。打たれ強いな……)
痛みに強いというより、精神力が強い感じだが。
体の各部は、適切なトレーニングにより鍛えることができる。
だが、男のモノを鍛えることだけはなかなか難しい。
俺は『夜戦術』や『精力強化』の副次的な恩恵によってモノの物理的耐久度を上げることができるが、普通はそうはいかないのだ。
(うろ覚えだが、確かモノの痛みは内臓の痛みに近いんだったか……?)
腕や足のケガとは方向性が異なる。
仮に同じように股間を打ち付けた場合、大抵の男は痛みに耐えきれずに戦闘不能になるはずだ。
それなのに、ヨゼフは耐えて見せた。
さすがはマフィアの幹部をやっているだけのことはある。
「ちっ……。なんなんだお前は……」
「お、俺は通りすがりの観光客です……! 何が起きたのかよく分かりませんが、引き返すなら今のうちですよ……?」
「うるせぇ! 奇跡は二度も起きねえんだよ!!」
ヨゼフが再び襲ってきた。
今度は冷静に、的確に俺の顔面を狙っている。
「くらえやっ!!」
「ひぃっ!?」
俺が演技で怯むと、再び俺の頭部がヨゼフの股間にめり込んだ。
完全に同じ場所にヒットしてしまった。
「ぎゃあああっ!?」
ヨゼフが股間を両手で押さえて地面に転がり回る。
そして、先ほどと同じように四つん這いの姿勢で固まった。
彼なりの、痛みに耐えるベストな体勢なのだろう。
(また復活するかもしれない……。追撃しておこう。【グラウンド・アップ】)
俺は無詠唱で土魔法を発動する。
無詠唱だと大した出力はないのだが、今回は低威力でも十分だ。
「あびゃあああ!?」
四つん這いになっているヨゼフの股間部の下あたりから、地面が狭い範囲で勢いよく隆起したはずだ。
彼の体や足でよく見えないが、あの苦しみっぷりを見る限り、完璧にヒットしたと言っていいだろう。
俺は再び魔法を発動し、今の魔法の証拠を隠滅しておく。
これで真実は闇の中だ。
「お、おい! どうしたんだ兄貴!?」
「な、なんかヤバいぜ……!」
他のチンピラたちも動揺している。
ヨゼフがここまで苦しんでいるのを見るのは初めてなのだろう。
「あのぉ……? よく分かりませんが、急病か何かでしたらここは一度引き返されてはいかがでしょうか?」
俺は心配そうな声で呼びかける。
完璧な流れだ。
俺が圧倒したら目立ってしまうし、俺がいいようにやられてしまってもサーニャちゃんがピンチになる。
こうしてリーダー格のみを不慮の事故で戦闘不能に追い込めば、退散してくれる可能性はあるだろう。
さて、彼らはどのような判断をするのだろうか――
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いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ついに1000話到達です。
100話に到達した際も感慨深かったのですが、1000話となると文字通り桁違いの感じがしますね。
次は10000話……と言いたいところですが、さすがにそれまでには完結していると思います!
日々のPVやいいね等の応援機能、ご感想やコメント等が執筆の励みになっています。
あと、ウェブトゥーン版も一読者として非常に楽しんでいます。
原作(本作)がこの通りメチャクチャ長いので、どこまで続くかは読めないところがあるのですが……。
ミティ、モニカ、ニム、ユナ、リーゼロッテは登場済みで、アイリスは近い内に登場します。
できればマリアやサリエ、あわよくば蓮華やレインの登場・加入まで続いてほしいですね~
ウェブトゥーン版も応援していただけるとより長く続くことになると思いますので、まだの方はぜひ読んでみてください。
今後も本作をお楽しみいただけると幸いです。
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