「……それで? この私に何か用でしょうか?」
「様子を見に来ただけだ。今回の件はあやつの肝いり……。この俺まで駆り出されるほどだからな」
「ふふ……。確かに、武神流を潰すのは雷鳴流の悲願。雷鳴流の前師範である雷轟様は、桜花七侍に就任したあとも機を伺っておいでで……。景春様に働きかけ、無月様や金剛様の助力までこぎつけたと聞き及んで――」
「無駄口を叩くな。俺は状況を確認しに来ただけだ。準師範のお前ごときと世間話をするつもりはない」
「これは手厳しい……」
男は肩をすくめる。
雷鳴流……。
それは、桜花藩において武神流と並ぶ剣術の名門である。
一世代前は、当時から武神流の師範だったお爺ちゃんが桜花七侍に名を連ねていたこともあり、武神流の方に勢いがあった。
でも、藩主が変わってから状況は一変した。
お爺ちゃんを含め、半数以上の桜花七侍が任を解かれたのだ。
入れ替わるようにして桜花七侍に就任したのは、雷鳴流の師範。
お爺ちゃんは『これで後進の育成に専念できる』と前向きに捉えていたけど、雷鳴流の嫌がらせはしつこかった。
でもまさか、ここまで強引な手段に出るなんて……。
「くっ……!」
私は縛られている椅子を揺らす。
でも、椅子はビクともしない。
「無駄なことを……」
リーダー格の男が笑う。
聞いていた感じだと、彼は雷鳴流の準師範らしい。
彼は黒ずくめの男に向かって言った。
「見ての通り、反抗的な態度が残っていましてねぇ……。これは『指導』が必要です。そう思いませんか?」
「悪趣味な奴め。武神流は確実に潰さないと、あやつがうるさいぞ。殺した方が確実だろう」
無月と呼ばれていた男が冷たい声色で言う。
準師範も怖い。
でも、この人の方が……もっと怖い。
「いえいえ……。武神流には、あと3人生き残りがいるのですよ? 人質としての価値はあります。ここは調教して屈服させ、人質兼性奴隷として末永く活用するのが利口かと」
「……3人だと? 確かに、師範の息子夫婦は武者修行に出かけていると聞いているが……。残り1人は?」
「少し前に弟子入りした青年です。名前は確か……高志」
「ほう? 潰れかけの道場に弟子入りする酔狂者がいるとはな」
「えぇ。まぁ、師範や師範代より強いということはないでしょうが……。念のため、奴も見つけ次第、潰しておいた方がいいでしょうね。情報によると、奴はこの娘を気に入っているようです。いずれ、ここに乗り込んでくるでしょう」
「……ふっ。飛んで火に入る夏の虫……ということだな」
男たちが笑う。
そんな会話を黙って聞いていた私は、心の底から恐怖した。
自分の身は、この際別に構わない。
剣の道を志す者として、覚悟はできている。
でも、私のせいで高志くんが巻き込まれるなんて……。
それだけは、耐えられない。
「お爺ちゃん……。高志くん……」
私は思わず呟いた。
でも、その呟きは誰にも届かなかったのだった。
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