「つぅ……! 油断したよ。まさか、いきなり攻撃してくるなんて……。神様って、もっと慈悲深いものじゃなかったの?」
『我は神に非ず。我は仏……その依代なり。そして、この試練は慈悲深きものである』
「ふーん……。神様じゃなくて、仏様か。異国の教えってのも興味深いね」
アイリスが呟く。
彼女は聖ミリアリア統一教会の信徒だ。
異教徒に対して、ほんの少しぐらいのマイナス感情はある。
しかし、こうして目の前で強大な力を見せつけられると、その存在や教えを真っ向から否定することは難しかった。
『【弐乃手・日輪(にちりん)】』
「おっと!」
千手観音像が再び動いた。
今度は連続攻撃だ。
アイリスは持ち前の瞬発力を生かし、それらを躱していく。
『【伍乃手・法輪(ほうりん)】』
「っ!?」
千手観音像が掌を地面に打ち付ける。
その衝撃で、アイリスは地面から浮き上がってしまった。
「これは……やばいね!」
「【七乃手・宝戟(ほうげき)】』
ドゴォォォン!!
空中のアイリスを、千手観音像が槍のように鋭い掌で突き上げた。
アイリスは咄嗟に腕をクロスさせて防御したが、それでも勢いを殺しきれずに吹き飛び、壁へと激突する。
「うぐぐ……」
『見事なり。七乃手まで耐えし者、汝が久方ぶりである』
「それはどうも……。でも、ボクもまだ本気を出していないよ?」
『ほう? ならば見せてみよ……』
「言われなくても。はあああぁっ……!」
アイリスは闘気と聖気を練り上げていく。
そして同時に、自問自答を始めていた。
(いつからだろう……? 余裕ぶって構えて、相手に先手を譲るようになったのは……)
戦闘においては、概ね先攻が有利である。
有名な言葉に『後の先を取る』『柔よく剛を制す』というものはあるが、それはあくまで例外的な話だ。
先に攻めて相手へダメージを与えることができれば、それによって相手の攻撃力は落ちる。
そうなれば相手から反撃を受けても被害を小さくなり、その後の戦いを有利に進めることができるだろう。
にもかかわらず相手に先手を譲るのは、自分が強者だと確信しているからだ。
それは矜持であると同時に、油断や驕りの表れでもある。
(一体、いつから……? 戦い終えた相手が感謝の言葉を述べながら差し出してくる手に……間髪入れず応じられるのようになったのは……)
闘いが終わればノーサイド。
美しい理念だ。
しかしそれは、簡単には実現できないからこそ美しい理念として掲げられているとも癒える。
心に一切のわだかまりなくノータイムで握手ができるのは、立派であると同時に異様でもあった。
現に、アイリスはかつてのガルハード杯で敗北後に酷く落ち込んでいた。
健闘を称え合ったり握手したりするどころではなかった。
にもかかわらず最近のアイリスが戦闘後のノーサイドを実現できていたのは……そもそも最初から相手を対等な存在だと認識していなかったからに他ならない。
相手を見下して戦いを優位に進める。
武闘神官としての理想の有り様は……
「そんなんじゃ……ないよね!!」
アイリスの闘気が極限まで練り上げられていく。
そして、彼女は叫んだ。
「ボクが目指した……真の武闘神官は……!」
『……!?』
「突破困難な障壁にこそ……全身全霊で挑む者!!」
アイリスが駆け出す。
その速度は先ほどまでとは比べ物にならないほどに速く、そしてキレがある。
言葉通り、彼女は本気を出すことにしたのだ。
「はぁぁぁっ! 【砲撃連拳・九十九(つくも)】!!」
『なんと……!』
アイリスの連撃が千手観音像を打つ。
その一発一発の威力は凄まじく、攻撃を受けて大きく凹んだ箇所もあった。
「感謝するよ……。これまで出会ってきた人たち……その全てに!!」
アイリスが叫ぶ。
彼女はこれまでの戦いを振り返りつつ、さらに聖闘気を高めたのだった。
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