【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう

~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
猪木洋平@【コミカライズ連載中】

1704話 真に華河藩を導く者

公開日時: 2025年4月1日(火) 12:10
文字数:1,066

「俺は……俺は……」


 琉徳が己の行為を悔いる。

 そのとき、ふと周囲からざわめきが聞こえてきた。

 風が一瞬、空気の匂いを運んできた。


 ただの蒸気ではない。

 温かくて、懐かしくて、心がほぐれる匂い。


「くんくん、いい香り……」

「あっ、紅乃様のうどんだ!」

「ご無事だったのね、よかった……!」

「いつの間にあんなご用意を? もう行列ができているじゃないか!」


 声は次々と重なり、どこか嬉しさを押し殺したような震えを孕んでいた。


 琉徳は視線を向ける。

 広場の端――そこに、紅乃が笑顔で立っていた。

 彼女の隣には、蒸気を立てる大鍋と、振る舞われる出来立てのうどん。

 湯気は陽光を受けて白く揺れ、まるで希望そのもののように立ち昇っていた。


 紅乃は、お玉を手に、慣れた手つきで丼にうどんをよそう。


「はい、あなたにはネギ付きね」

「お代わり? ふふ、当然、何杯でも!」


 民衆は次々と集まり、丼を手に笑顔を交わしていた。

 誰かが涙をこぼしながら麺をすする。

 誰かが、ただ黙って丼を握りしめていた。

 その光景は、平和の形をしていた。


「……あれは……紅乃……!? 腕は……大丈夫なのか……!?」


 琉徳の声は掠れ、確信よりも祈りのようだった。

 彼の顔に、驚愕と安堵が同時に走った。

 まるで長い夜を越え、朝日に出会った旅人のように。

 リーゼロッテは小さく微笑み、そっと告げた。


「闇討ちの件、わたくしが一計を案じましたの。わたくしの水魔法で偽物の腕を作り、彼女には負傷した演技をお願いしていました。あなたの本当の心に、届いてほしかったので」


「な……っ!?」


 琉徳の膝が崩れた。

 地面に落ちる音は、彼の心が砕けた音のようだった。

 両手で顔を覆い、嗚咽が漏れる。

 だが、それは後悔と共に、救われた者の涙だった。


「……俺は……許されないことをした……。紅乃だけじゃない。民も、うどんそのものも……俺の手で、滅ぼすところだったんだ……!」


 拳が土を叩く。

 乾いた音が、広場の片隅に小さく響いた。


 リーゼロッテはただ、静かに見つめていた。

 そのまなざしには、同情も哀れみもなかった。

 ただ、赦しだけがあった。


 やがて琉徳は立ち上がり、ふらふらとした足取りで広場の中心へ進む。

 顔を上げたその目は、すでに過去の琉徳ではなかった。

 民衆の前で、深々と頭を下げた。


「皆の者……俺は、次期藩主の座を辞す! 紅乃こそが、真に華河藩を導く者だ……! 紅乃とのうどん対決、そして璃世殿との果たし合いが、それを証明した……!」


 だが――。

 その言葉を遮ったのは、紅乃の張りのある声だった。


「兄さま、そんなのダメです!」


 民衆が息を呑む中、彼女は一歩、琉徳の前へ進み出る。

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