「景春様!」
「宴の準備はできております」
「景春様、どうぞこちらに!」
景春は桜花城の一室で、女たちにかしずかれていた。
彼は上機嫌な様子で畳の上を歩いていく。
「くくく……。苦しゅうない、苦しゅうないぞ!」
景春は宴の会場である大広間に足を踏み入れる。
そこには、大勢の侍と女たちがいた。
女たちは、いずれも美女ばかりだ。
「景春様!」
「お慕い申して……」
「わらわを可愛がってくださいませ」
そんな声が、景春の耳に届く。
彼はニヤリと口元を歪ませつつも、表情はすまし顔でこう言った。
「皆の者、大義であるぞ! 我が家臣として、永遠の忠誠を誓うがいい! さすれば、この通り酒も女も思うがままだぞ!!」
景春の言葉に、侍たちは色めき立つ。
代替わりによって急激な方針転換をした景春に対して、表立って不満を述べる者はいなかった。
そういった者はすでに排除されていたからだ。
当初から景春に付き従っていた側近。
代替わり直後は桜花藩の未来を憂いていたが、目先の利益を前に恭順した者。
あるいは、いまだに不満を持ちつつも、景春を恐れて大人しく従っている者。
そういった者が、今の桜花藩の中枢を担っているのだ。
そして、宴の時間が始まる。
料理が運ばれ、酒が注がれていった。
「今夜の献立は何だ?」
「桜花の名物料理、『蛸炎珠(たこえんじゅ)』でございます」
「蛸炎珠だと? 今日は蛸の気分ではない!」
「はっ! すぐに廃棄します!」
料理番が慌てて頭を下げる。
蛸炎珠――要するにタコ焼きは、桜花藩の郷土料理である。
中に蛸と紅しょうがを入れることで、絶妙な味わいを生むのだ。
だが、今日の景春はタコ焼きの気分ではなかった。
「他には?」
「はっ! 採れたての野菜を……」
「野菜は嫌いだ! それより、肉はないのか?」
「化け猪の肉がございます! ご賞味ください!」
「ふむ、いいだろう。持って参れ!!」
景春が鷹揚に頷く。
化け猪は、いわゆる魔物の一種だ。
凶暴で、人間を見れば襲いかかってくる危険な存在である。
山村などにおいては恐怖の対象として、また農作物を荒らす害獣としても恐れられている。
しかし、『藩』という集団から見れば、ただの肉に過ぎない。
「飲み物は?」
「はっ! 四神地方より取り寄せた、朱雀酒がございます」
「酒は飲めんと言っているだろうが! 果汁水を持って参れ!!」
「は、はっ! それでは、重郷地方の名産である『重水(じゅうすい)』を……」
「うむ、それでよい。余は檸檬重水が好きだ。持って参れ!!」
景春が頷く。
すると、すぐに女中が駆けてきて、レモンの果汁を絞った重水を彼に差し出した。
「ふはははは! 余は幸せだ!! この世の春を、今この瞬間に生きている!!!」
景春の高笑いが、大広間に響く。
そして、彼は上機嫌のまま続けた。
「皆も楽しむがいい! ここは大和連邦の中心、桜花城! 極楽浄土はここにある! 大いに飲み、大いに歌え! そして、この桜花景春を崇めるがいい!!」
「うおおおおっ!! 万歳!!」
「桜花景春様、万歳!!」
大広間に歓声が上がる。
景春は上機嫌で、重水をあおったのだった――。
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