タカシが採掘場周辺の視察を行った、数日後のこと。
「お腹減った……ご飯……」
ボサボサの髪の少女が、フラフラとした足取りでラーグの街を歩いていた。
その顔はげっそりとしており、目の下にはクマができており、非常に不健康な印象を受ける。
少女の名はケフィ。
Eランクの冒険者パーティー『灰狼』の元メンバーである。
諸事情によりパーティが解散し、今は食い詰めている。
「パン……ご飯……お肉ぅ……」
彼女は今にも倒れてしまいそうな様子だが、それでも一歩ずつ前へと進んでいた。
「この街に来れば、きっと食べ物があるはず……。お腹いっぱい食べれる……ふへぇ」
彼女はよだれを垂らしながら呟く。
風の噂で、ハイブリッジ騎士爵領には食料がたくさんあると聞いたのだ。
実際、領の端あたりにある村でも、特に困窮している様子はなかった。
いくらかの食料を恵んでもらうことができ、そのおかげでこの街までたどり着けたのである。
「ぐぎゅるるるるるるるるるるるる」
彼女のお腹が鳴った。
そして、彼女は仰向けに倒れ込んでしまう。
「お腹が空きすぎて、もう動けない……。このまま死んじゃうのかなぁ?」
空を見上げながら、ケフィは弱々しく言う。
だが、そんな彼女に声をかけてくる人物がいた。
「おい、大丈夫か?」
「え?」
振り返ると、そこには男が立っていた。
料理人だろうか。
コック帽をかぶっている。
年齢は40代くらいであろう。
「嬢ちゃん、腹が減ってるのか? なら、うちの店に来い」
男はそう言って、手を差し伸べてきた。
少女が行き倒れていたのは、ちょうど料理屋の前だったようだ。
店の看板に『ラビット亭』と書かれているのが見える。
「あ、ありがとうございます」
ケフィは男の手を取り、よろめきながらも立ち上がった。
「いいってことさ。さ、入りな」
男の案内で、ケフィは店の中に入った。
店内には何人か客がいる。
みな、テーブル席に座っており、食事を楽しんでいるようだった。
「いらっしゃいませー!」
店員らしき女性が出迎えてくれた。
年齢はこの男と同じか、少し若いくらいだろうか。
「おう、ナーティア。悪いが、この子のために何か作ってくれないか? 腹ペコみたいだ」
「わかったわ、ダリウス。すぐに用意するわね」
「あ、ありがとうございます」
ケフィはぺこりと頭を下げる。
そして、ダリウスに部屋の隅に案内され、椅子に腰かけた。
それから数分後。
「お待たせ! 食べやすそうな料理を用意してみたの」
女性店員が、注文した品を持ってきてくれる。
皿の上に載っていたのは、パンとスープだった。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
ケフィはスプーンを手に取り、食事を食べ始める。
「美味しいです!」
「それはよかったわ」
ナーティアは嬉しそうな笑みを浮かべている。
そして、彼女は少女の対応をダリウスに任せ、厨房へと下がっていった。
食事がひと段落した頃、ダリウスはケフィに切り出した。
「ところで、嬢ちゃんはどうしてこんなところにいたんだい? 見たところ、出稼ぎっていうわけでもなさそうだが……」
「実は私、冒険者なんですけど、パーティが解散になってしまいまして……」
「なるほど。それで腹ペコになっていたわけか」
「はい……。お恥ずかしながら……」
「ははは、気にすることはないさ。困ったときはお互い様だよ」
「あ、ありがとうございます!」
ケフィが頭を下げる。
「でも、本当に助かりました! 命の恩人です! 何かできることがあれば、何でもしますから!」
「お礼なら、領主であるタカシ君……いや、ハイブリッジ騎士爵に言うべきだろうな。こうして安定した量の食料があるのは、彼のおかげだ」
「ハイブリッジ騎士爵様ですか。噂は聞いています。いろいろな施策を行っているとか」
食い詰めていたケフィにとっては、食料の情報が第一だ。
しかし、その情報を集めるにあたって、自然と他の施策や当主のことも耳に入ってくる。
「ああ、そうだ。……ところで、嬢ちゃん。今後の予定はあるのかい?」
「いえ……。とりあえず、この街で仕事を見つけようと思っていたのですが……」
「そうか。なら、いいところがあるぞ」
「本当ですか!?」
ケフィの顔がパッと明るくなった。
「ああ。この街から少し行ったところに、鉱山があるんだ。ハイブリッジ騎士爵は、そこの採掘場の開発を進めているらしい」
「こ、鉱山ですか……」
ケフィが表情を曇らせる。
鉱山における労働環境は、一般的に劣悪だと言われている。
安い賃金に、崩落の危険がある危険な場所での作業。
風通しが悪く、夏は暑く冬は寒い。
粉塵により肺の病を患うこともあると聞く。
そんな過酷な現場での労働を想像して、ケフィは身震いをした。
それに……。
「わ、私はそれほど力がありませんし、体力もないんですよ……」
「そうなのか。でも大丈夫だと思うぞ」
「え?」
「嬢ちゃんにできることをすればいいんだよ。できることはいくらでもある」
若い女性が、採掘場で行う仕事……。
それは容易に想像できた。
力仕事で使い潰されるのはまだマシかもしれない。
採掘場で働く男たちは、荒々しい者が多い。
犯罪奴隷や、普通の職場では働けないような訳ありの男も多いという。
ごくり。
ケフィは唾を飲み込んだ。
「ど、どんなことをさせられるんでしょうか?」
「それは……」
ダリウスが口を開いたときだった。
バーン!
ラビット亭のドアが勢いよく開け放たれる。
そこから入ってきたのは、武装したひとりの女性だった。
後方には、数人の男性兵士が待機している。
「失礼する! 治安維持部隊隊長のナオンという者だ。この店に、浮浪者が入ったとの情報を得た。詳しく話を聞かせてもらいたい!」
彼女はそう言うなり、店の中を見回し始めた。
ケフィはビクッとして、視線から逃れるようにダリウスの後ろに隠れる。
そして、すがるように彼の服を掴んだ。
治安維持部隊という組織の目的は知らないが、身なりの汚い自分はきっとろくな扱いを受けないだろう。
優しいこの店員なら、きっと匿ってくれるはずだ。
彼女はそう思っていたが……。
「ナオン殿、こちらの嬢ちゃんのことかな?」
ダリウスがそう答えた。
「なっ!?」
ケフィが目を大きく見開く。
なぜ、助けてくれないのか?
ダリウスの服を掴む手に、無意識に力がこもった。
「ふむ。確かに聞いていた風貌と一致するな」
ナオンと名乗った女性は、ケフィの方へと近づいてくる。
「よし、お前を連行させてもらう。詳しい話は詰所で聞こう」
「ひぃ!」
ケフィは悲鳴を上げ、逃げ出そうとする。
しかし、すぐにナオンに捕まってしまった。
「なあに。悪いようにはしないさ。むしろ、助けてやろうという話だ」
「え?」
「この領は人手不足だからな。特に今は、採掘場での働き手を募集しているんだ。お前みたいな若い女がいれば、連中も大喜びするだろう。可愛がってもらえるぞ?」
ナオンがニヤリと笑う。
ケフィは自分の未来を想像して、身震いした。
「いやぁー! 離してください! 誰か、助けてええぇ!!」
ラビット亭に、無力な少女の悲鳴が響き渡ったのだった。
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