1週間ほどが経過した。
「よし。荷物はこんなものか」
俺は自宅前で馬車に積み込んだものを確認していた。
かなりの量が積み込まれている。
「それでは、私は後ろに乗りますね」
サリエがそう言う。
「ああ、俺もいっしょに乗るぞ」
俺たちは今日から数日間、街を離れる。
行き先は、ハルク男爵邸である。
目的はもちろん、サリエとの結婚の件を相談することだ。
彼女とは婚前交渉してしまったわけだし、誠意を持って挨拶をする必要がある。
この大量の積荷は、手土産というわけだ。
別に俺のアイテムルームに収納してもよかったのだが、今回は見栄えを重視した。
ユナやマリアのときとは少し違うのである。
ユナは平民なので、婚前交渉をしても大きな問題はなかった。
マリアは王家の姫だが、まだ深い行為まではしていない。
貴族であり深い行為まで踏み込んでいるサリエについては、より丁寧な対応が必要だろう。
「御者の務めは私にお任せください。ハイブリッジ騎士爵様」
「護衛は俺に任せときな」
「ああ。頼りにしているぞ。ヴィルナ、キリヤ」
護衛兼御者を務めるのはヴィルナ。
そして護衛の責任者は筆頭警備兵のキリヤだ。
オリビア、マリア、ユナ、リン、その他10人程度の同行者がいる。
ウォルフ村やハガ王国のように転移魔法陣を利用できれば便利だったのだが……。
ハルク男爵邸には転移魔法陣をまだ設置していないのだ。
まあ、大人数で行くことにも意味はある。
マリアやユナにとっては、半分は旅行みたいなものだ。
リンや他の護衛者にとっても、他の街を訪れることはいい経験になるだろうし。
「じゃ、みんな。行ってくるよ」
「タカシ様。お気をつけて」
「しっかりね」
ミティやモニカが見送ってくれる。
彼女たちは身重のため今回は留守番となる。
ニムやリーゼロッテも農地改革の仕事があるため留守番だ。
ハルク男爵領はさほど遠方ではないし、これぐらいの護衛人数でも大丈夫だろう。
そうして、俺たちはハルク男爵領に向けて出発したのだった。
●●●
俺たちは順調に道を進んでいく。
そして、夕方になった。
「今日はここまでの移動にするか」
「はい」
「了解だぜ」
俺の言葉を受けて、ヴィルナとキリヤがそう返事をする。
夜営の準備を整え、夕食の用意を始める。
「料理は私にお任せを」
オリビアがそう言う。
彼女はサリエのお付きとして、料理や戦闘などひと通りのことができる。
「わ、わたしも手伝いますよぉ」
リンはメイドだ。
以前は見習いメイドとしていたが、少し前に晴れて『見習い』の言葉を取り払った。
通常の平メイドである。
彼女には加護(小)を付与済みであり、同年代の子どもに比べると明らかに身体能力が高い。
さらには清掃術レベル2というスキルも持っており、掃除の力量も高い。
俺が確認できるスキルはそれだけだが、『??』と表示されており確認できないスキルもある。
ひょっとしたら、彼女は既に他のスキルも持っているかもしれない。
というのも、彼女は日々精力的に働き、そして学んでいるからだ。
俺、蓮華、キリヤの下で剣術を。
アイリスやクリスティの下で武闘を。
そして、モニカやクルミナの下で料理を学んでいる。
その中でも特に伸びてきているのは……。
「うむ。このスープはうまいな」
「はい! ありがとうございますぅっ!」
料理だ。
彼女は目の病が治ってからというもの、家事全般に取り組んできていた。
料理もその中の1つだ。
それがここにきて、めきめきと腕を上げている。
「むっ! こっちの肉料理もなかなか……」
「はい。それは私が調理させていただきました。お口に合いましたようで何よりでございます」
俺が褒めると、オリビアが嬉しそうな顔をした。
「本当においしいです。リンはがんばっているようですね。それに、オリビアの料理の腕前も相変わらず素晴らしいです」
サリエもそう言って、リンとオリビアを労った。
ユナやマリア、それにキリヤやヴィルナもにこやかに食事を堪能している。
そうして、野営中の夕食は和やかに進んだのだった。
●●●
深夜。
ガサゴソという物音で俺は目が覚めた。
「……ん? なんだ……?」
野営用のテント内に不審な気配はない。
サリエ、ユナ、マリア。
それにリンが近くで眠っている。
このテント内にはあと1人いるはずだ。
そして、他の者は別のテント内で休憩中、もしくは外で夜警中のはずである。
「お目覚めですか。ハイブリッジ騎士爵様」
テント内の最後の1人……オリビアがそう声を掛けてきた。
「うむ……。何やら物音が聞こえて目が覚めてしまってな。これは……」
俺は聴覚強化レベル1を取得済みだ。
常人よりもひと回り聴覚が優れている。
テントの外から、自然のものではない物音が聞こえる。
「キリヤ殿とヴィルナ殿ですね。止めはしたのですが……」
オリビアが気まずげに顔をそむける。
「ふむ……」
俺は気配察知のスキルを活用して、キリヤとヴィルナの居場所を探る。
野営地から少し離れたところで、何かをしているらしい。
2人は密着状態のようだ。
「…………」
「騎士爵様?」
「ちょっと行って来る」
「え!? あ、はい」
オリビアが呆気に取られた顔になった。
こうしちゃおれん。
見逃すわけにはいかない。
「私もお供致しましょう」
「いいのか? サリエを守らなくて」
「ここは野営地の中心です。よほど大規模な盗賊団が襲撃でもしてこない限りは大丈夫でしょう。夜警の担当者もいますし」
オリビアがそう言う。
「それもそうか。よし、では行くぞ」
「はい」
俺とオリビアは、気配を殺してキリヤたちのいる方向に向かう。
俺は気配隠匿のスキルを持っているので、隠密行動は得意だ。
一方のオリビアも、なぜか隠密行動を得意としているようである。
料理や戦闘だけではなくて、隠密行動の心得まであるとはな。
そういえば、ハイブリッジ杯では暗殺剣とやらを使って戦っていたか。
もしかして、本業は裏の仕事だったりするのか?
少し怖いな。
サリエを蔑ろにしたら、刺されることもあるかもしれない。
そんな事を考えながら、俺たちは2人に気付かれることなく接近する。
「あそこにいるようです」
オリビアが小声でそう言う。
「……しっ! 静かに」
俺は小声を出して注意する。
2人が木の下で、一心不乱に何かをしているのだ。
あれは……?
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