季節は春。
5月も後半に差し掛かろうとしている。
タカシがニルスとハンナのサプライズ結婚式を執り行ってから1週間以上が経過したある日のことだ。
「おお……。これは壮観だなあ……」
ニルスがそう呟く。
彼の視線の先にあるものは、馬車の荷台に積み上げられた大量の食料だ。
「本当にすごい量だね……。これだけあれば、みんなも満足してくれるはず……」
「ああ。それにしても、さすがはお館様だ。奴隷である俺たちとの約束をきちんと守ってくださるだけはなく、これほどの量を用意してくださるとは……」
ハンナとニルスがそんな会話を交わす。
「本当に立派なお方だね。奴隷になったときはどうなるかと思ったけど……。優しいし、器もとんでもなく大きい」
「ああ。そうだな。お館様にお仕えできて、俺たちは本当に幸せ者だよ」
ハンナの言葉に同意するニルス。
彼らが言うお館様とは、もちろんタカシのことだ。
普段からの優しい態度、奴隷とは思えない高待遇、農業改革というやりがいのある仕事。
購入されてからというもの、彼らからタカシに対する忠義度は徐々に上昇していた。
さらには、サプライズ結婚式、オリハルコンのクワ、想像を超えた十分な量の食料支援など、数々の出来事が積み重なって、ニルスとハンナの心は完全にタカシのものとなっていた。
「せっかくいただいた食料だもん。無事に村まで運ばないとね」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
「ニルスに? 何か自信があるの?」
「ああ。何だか最近、体の調子がとてもいいんだ。アイリス様に教わっている格闘術の力量も向上した気がする」
「へえ。いつ頃から?」
「あの結婚式の日に、ハンナを幸せにすると誓った頃からだな。それと同時に、生涯お館様にお仕えすると決めた日でもあるが」
「ニルスもそうなんだ。実は私もなんだよね」
ハンナがそう言う。
それもそのはず。
彼らには、結婚式の後ぐらいのタイミングでタカシから加護(小)が付与されている。
その恩恵は、基礎ステータスの2割向上。
さらには、一部のスキルのレベルが1上昇する。
ニルスは栽培術と格闘術、ハンナは栽培術と弓術のスキルレベルがそれぞれ1ずつ上昇した。
栽培術はレベル3から4に。
格闘術はレベル2から3に。
弓術はレベル2から3になっている。
レベル4と言えば、その道一筋のプロ級である。
ベテラン並みの技量であり、その能力だけで十分に家族を養っていけるほどのものだ。
レベル3は、中級だ。
その能力だけでも、何とか食べていけるぐらいの水準となる。
ニルスとハンナの本職は農業改革担当官であり、戦闘は専門外であることを考えると、格闘術レベル3や弓術レベル3でも十分過ぎる水準だと言えるだろう。
基礎ステータスが2割向上していることもあり、彼らの戦闘能力は既に平均的なDランク冒険者を大きく超えていると言っても過言ではない。
まあ、冒険者には索敵能力や判断能力も必要なので、総合的に見て彼らがDランク冒険者よりも優れているかと言えば、それはまた別の話ではあるのだが。
「よし、行くか」
「ええ。気を引き締めて行こう」
ニルスの言葉にハンナが応じる。
2人は、大量の食料を乗せた馬車に乗り込んだ。
ちなみに、最初の御者はハンナが担当する。
ニルスと交代制だ。
そしてもちろん、同行者がいる。
「へへっ! 護衛は俺たちに任せな!」
「私たちがしっかり護衛するわよ!」
Cランク冒険者のトミーと月がそう言う。
今回の食料支援にあたり、護衛としてハイブリッジ家から指名依頼が出されたのだ。
「農業改革には花ちゃんもたくさん仕事したからね~。ニルスくんとハンナちゃんの故郷まで、しっかりと届けるよ~」
「……それほど危険はない道だけど、報酬は多め。割のいい仕事をもらえてラッキー……」
花と雪がそんなことを言う。
「ふふん。ちゃんと報酬に見合った活躍に期待しているわよ」
「そうでござるな。もちろん拙者も頑張らせてもらうでござるが」
ユナと蓮華がそう言う。
彼女たちも、タカシに頼まれてこの食料支援の旅に同行する。
タカシ本人は不在だ。
彼には領主としての仕事がある。
また、ニムもラーグの街のとどまっている。
農業改革はひと段落したとはいえ、まだ一部の仕事は残っている。
主導してきたニルス、ハンナ、花が抜けた穴を埋めなければならないからだ。
ここで、この旅の同行者をまとめておこう。
ニルスとハンナ。
トミー、雪月花。
ユナと蓮華。
それに、その他の一般護衛兵が数人である。
ずいぶんと大所帯だが、仕方ない。
一定以上をの価値がある大量の食料を遠くの村まで運ぶのだ。
盗賊はさほど出ないはずだが、魔物に襲われるリスクもある。
また、近年不作に見舞われている地域へ赴くため、食い詰めた農民に狙われる可能性だってゼロとは言えない。
だから、念のため戦力を多く用意したというわけだ。
「みんなの驚く顔が楽しみだな……」
「そうね。口減らしのために奴隷として売られたのは複雑だったけど……。仕方のないことだったし」
ニルスとハンナがそう呟く。
そうして、彼らは出発したのだった。
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