「たぶん大丈夫だと思います。あの巫女さんたちは、月読尊様を心から崇拝していました。高志様と月読尊様の約束事を、彼女たちが横から破ることはないでしょう」
「ふむ。それもそうか」
俺は頷く。
紅葉の言葉には、奇妙な説得力があった。
それは単に理屈や論理ではなく、彼女自身が感じ取った何か、直感にも似た確信が宿っているように思えた。
あの戦闘後、俺は巫女たちを軽く治療してやった。
とは言っても、近接戦闘などによる直接的な傷はない。
俺や紅葉の動きを阻害するために発動していた陣――あの負荷がやたらと強かったようで、肉体内部にダメージが蓄積していたのだ。
ツクヨミとの約束事は、『ツクヨミの眷属を害さず、深詠藩の平和を乱すことなく去ること』だ。
陣の負荷によって傷付いたのは約束の適応外だし、そもそも約束を結ぶ前のこと。
別に放っておいてもよかった。
しかし、軽く治療するぐらいなら、俺にとって大した負担ではない。
治療してやった方がツクヨミからの心象は良くなるだろうし、いずれ何らかの形で帰ってくる可能性がなくはない。
それに、彼女たちから情報を集めたかったという事情もある。
俺は巫女たちに必要最低限の癒しを施しつつ、丁寧に言葉を選んで尋ねた。
だが、返ってくる言葉は抑制が効いていて、感情の揺らぎを見せることはなかった。
改めて見ると美少女ばかりで、穢れを知らぬような澄んだ瞳が印象的だったが、取り付く島はなかった。
彼女たちはまるで人形のように、感情を切り離したような振る舞いを見せる。
あの少女の名前がツクヨミであるということと、その他のいくらかの情報は渡してくれたが、打ち解けることはできなかった。
加護付与スキルの対象になど、もってのほか。
冷たい壁のように、俺との間に見えない境界線が引かれていた。
まあ、それでも深詠藩が桜花藩の支配下に入ることには同意してくれたのだから、ひとまずは良しとしよう。
目的は達成されたのだ。
「ところで、以前から一つ気になっていたのですが……」
紅葉の声が、思考の深みに沈みかけていた俺を再び引き戻した。
彼女は少し眉をひそめ、慎重に言葉を選ぶように話し始める。
「なんだ?」
「高志様は、どうして桜花周辺の藩を攻め続けるのでしょうか? 桜花城を攻め落としたのは拐われた私たちを救うため、そして重税に苦しむ人々を救うため……。私はそのように推察していましたが、今は他の藩を攻めて支配しようとしています。何か理由があるのですか?」
彼女の瞳は揺るがない。
そこには純粋な疑問と、少しの不安、そして俺を理解しようとする誠実さが滲んでいた。
俺は視線を外し、少し考える。
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