「……この地では、私の名は“美帝(みてい)”です。その名に恥じぬ武功を知らしめましょう。そうすれば、いずれタカシ様とも合流できるはず……」
その呟きは誰の耳にも届かぬまま、音もなく静かに消えていった。
言葉の一つ一つに込められたのは、願いと決意。
そして、一抹の寂しさ。
誰にも聞かれない言葉だからこそ、自らに言い聞かせるように口にするのだった。
その足が、地を確かに踏みしめるように一歩を刻む。
小柄な体躯が、山道を踏み割るように進み出した。
彼女がこの地に来た理由は二つ。
一つ目は、仲間たち――特に、タカシとの再会を果たすため。
中煌地方の暁紅藩から、ここ死牙藩まで、ミティはひたすら歩いてきた。
地図で見れば隣接しているとはいえ、その間には険しい山脈が広がり、霧深い谷間や、道なき斜面も多い。
だが、彼女はそれを選んだ。
ただ一箇所にじっとしていては、奇跡は起きない。
動き続けること、それが再会の可能性を引き寄せる。
「タカシ様も……どこかで、私を探してくださっているでしょうか」
自嘲とも憧れともつかぬ小さな呟きが、彼女の唇をかすめる。
魔導具『共鳴水晶』が不調で、思うように合流ができていない現状。
美帝の名を高めることで、タカシの耳に自らの所在を伝える――そういった目論見もあった。
そして、もう一つの理由。
それは修行だ。
彼女は力をさらに鍛え、極めようとしていた。
この大和の地において、各藩はそれぞれ独自の風土と文化を持っている。
中でも死牙藩は、凶悪な妖獣が棲むことで知られていた。
血に飢え、炎を吐き、地を裂く者たち。
彼女が求めていたのは、まさにそういう敵だった。
対人戦では鍛えきれぬフルパワーでの戦闘勘を、野生の妖獣との交戦で磨く。
それを実行するのに、これ以上の地はなかった。
「さて……。はるばるここまでやって来たのですから、期待外れではないといいのですが……」
空を見上げ、吐き出すように言う。
暁紅藩から白夜湖に至る道中でも、思いがけず多くの妖獣に遭遇し、その度に足止めされた。
だが、それもまた鍛錬。
あるいは、誰かの目に留まる機会になったのなら、決して無駄ではない。
現地の土木作業を手伝ったのも、ただの親切心だけではなかった。
力を見せるということは、言葉より雄弁な名刺なのだ。
「むっ……?」
突然、風がざわめき、白夜湖の湖面がさざ波を立てた。
その水面が揺れる向こう側に、黒い影が浮かび上がる。
まるで、深淵から現れた幻のように、ゆっくりと、しかし確かな存在感を伴って。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!