スリの少年、流華(るか)の件から数日が経過した。
俺と紅葉は街に滞在したまま、桜花城や城下町について情報収集を続けている。
とは言っても、大した情報は集まっていない。
ここは数ある中規模な街の一つに過ぎないからな。
城下町ほど、機密性の高い情報は集まっていないのだ。
「高志様! 今度はあのお店に入りましょう!!」
「おいおい……」
紅葉はぐいぐいと俺の手を引っ張りながら言う。
情報収集という名目だが、実のところほとんど遊びに近い感じになっている。
「そんなに急ぐなって」
「ええー? いいじゃないですか! ね?」
「うーん……」
俺は苦笑する。
そろそろこの街を出て、城下町に向かうべきかもしれない。
だが、紅葉はまだまだ遊び足りないようだ。
「この裏通りが近道になりそう……で……」
「どうした、紅葉?」
俺の手を引いていた紅葉が急に立ち止まる。
彼女の視線の先には、裏通りの浮浪者たちがいた。
やはり、この街は経済的に厳しいらしい。
大通りから一歩裏に入れば、そこは浮浪者のたまり場だ。
彼らは捨てられた残飯を漁ったり、道行く人に物乞いをしたりしている。
「高志様……」
「ああ……」
俺は生返事する。
浮浪者たちの境遇には同情するが、だからといって何かできるわけではない。
俺には、記憶を取り戻すという目的があるのだ。
そのために、ミッションに従って桜花城を攻め落とすことを当面の目標としている。
紅葉のように縁があれば、道案内役として同行してもらうのもアリだが……。
さすがに片っ端から浮浪者たちに声をかけるのは、負担が大きすぎる。
そう言えば、スリの少年の流華は今頃どうしているだろうか?
桜花藩の侍たちによって、適切な刑罰を与えられているはずだが……。
収容所を訪れても、『そんな者はここにいない』と追い返されてしまった。
彼について、何の情報もないのが現状だ。
「……お恵みを……」
「ん?」
そんなことを考えていると、一人の物乞いに声をかけられた。
まだ若い。
栄養不足なのか全体的にやつれている上、全身にアザや傷跡がある。
浮浪者仲間からリンチでも受けたのだろうか?
あるいは、治安維持を担う侍たちに目を付けられたか……。
「どうか……お恵みを……」
「あ、ああ……」
彼は俺に縋りつくような姿勢を取る。
その顔には、どこか見覚えがあった。
以前よりもやつれてはいるが、間違いない。
この顔は…………流華だ……。
「おい、流華」
「え? ……あ……」
向こうも俺に気付いたようだ。
流華は、俺の顔に力ない視線を向ける。
そんな彼に、俺は聞いた。
「どうしてこんなところに?」
「……それは……」
流華が口ごもる。
言いたくなさそうな顔だ。
侍たちによって適切な刑罰を与えれた後……また浮浪児に戻ってしまったのだろうか?
以前の彼は、スリとしてではあるが元気に活動していた。
今は、そんな気配を微塵も感じさせない。
犯罪行為で他人に迷惑を掛けていないという点では、前進しているようにも思えるが……。
この元気のなさはどうなんだ?
まともな職もない浮浪者に対して『スリをやめろ』なんて、軽々しく言うべきではなかったのかもしれない。
自己満足に近い俺の正義感や倫理観のために、彼の生き方に口出しして……。
その結果がこれか……。
「と、とにかく……今は食べ物が先だな。ほら、握り飯だ。食っとけ」
「え? あ、ありがとう……」
俺は懐から握り飯を取り出す。
流華はそれを受け取ろうとするが――
「あっ!?」
「あちゃー……」
流華は握り飯を落としてしまう。
いや、これは俺のミスだな。
握り飯を手放すタイミングが早かった。
もっと彼の手を見て、しっかりと握り飯を手渡すべきだったな。
そう、ちゃんと彼の手を見て……。
彼の手を……。
「え?」
俺は流華の手を見る。
そこには、あるはずのものがなかった。
彼の右手は、手首から先がすっぱりとなくなっていた。
「流華……その手……」
「え? ああ……これか」
流華は苦笑する。
そして言った。
「これで満足なんだろ? スリの常習犯には、妥当な末路だな」
「いや、それは……。俺は……俺はそんなつもりじゃ……」
俺は絶句する。
そして、流華にどう声をかけたらいいのか分からなくなったのだった……。
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