「タカシ、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「…………え? ……あ、ああ。大丈夫だ」
アイリスが心配そうに声をかけてくる。
俺はハッと我に返り、彼女に微笑んだ。
「よかった。これから決勝なんだし、心配したよ。応援してるから、頑張ってね」
「ああ……ありがとうな、アイリス!」
そうだ。
今は、ガルハード杯の決勝直前だった。
俺はこの世界に転移してすぐに、最寄りの街まで自力で到達した。
定番の『馬車イベント』はなかった。
そして、冒険者登録を完了。
奴隷の購入も検討したが、あまりにも高額だった。
それに、奴隷商会がバタバタしており、それどころではなさそうだったのも大きい。
噂によると、奴隷を運搬していた馬車が魔物に襲撃され、護衛ともども皆殺しにされる事件があったとか。
俺は奴隷を見せてもらう機会すらなく、購入を断念した。
その後の活動はどうすべきだったか?
目先の金稼ぎならば西の森などで狩りをする手もあっただろう。
だが、それよりも戦闘の基礎を鍛えた方がいいと考えた。
よって、俺は武闘の聖地であるゾルフ砦を訪れ、ガルハード杯の予選を通過して……。
現在に至るというわけだ。
「メルビン師範やエドワード司祭に恩を返すためにも……負けられない……!」
俺は改めて、闘志を燃やす。
現状、俺の貯金や稼ぎはゼロに近い。
ラーグの街で冒険者登録はしたものの、最低限の依頼しかこなしていない。
依頼達成により得た金も、ゾルフ砦までの道中で使い果たした。
到着後は鍛錬の片手間に冒険者活動をしようかと思っていたが……。
メルビン師範やエドワード司祭が援助してくれたおかげで、その必要もなくなった。
チートによってスキルを強化できる俺は、彼らから見て数十年に一人の逸材らしい。
師範にも司祭にも、ガルハード杯で優勝することで恩返しができるはずだ。
「ガルハード決勝の相手は……雷竜拳のマクセルか」
彼は、前回のゾルフ杯で準優勝した実績があるらしい。
ゾルフ杯とは、ガルハード杯よりも規模の大きな大会だ。
出場するには条件をクリアする必要があり、出場が認められた事実だけでもその実力のほどをうかがい知ることができる。
まして、準優勝という好成績を残しているのだ。
マクセルの戦闘能力は、ゾルフ砦の武闘家の中でもトップクラスであることは間違いないだろう。
「それでも……勝つ!」
俺は自分の拳を握りしめる。
俺だって、このガルハード杯の予選から激しい戦いを勝ち抜いてきた。
雷竜拳マクセルにだって、負けはしないはずだ。
「タカシ! 時間だよ!!」
アイリスが声をかけてくる。
俺は彼女にうなずき返すと、舞台上へと足を進めた。
相手のマクセルは……鬼のような形相で俺を睨んでいた。
彼に恨まれるような覚えはないが……。
「いや、そうか。カイルの兄貴分だったのか」
俺は予選で、カイルという武闘家を蹴散らした。
初の対外試合ということもあり、スキルを上手く制御できず……。
カイルは全身を骨折する重傷を負ってしまった。
武闘家としての未来が絶たれてしまうほどのケガらしい。
もちろん、意図的にケガをさせたわけではない。
それに、そもそも武闘の試合というものはケガがつきものだ。
メルビン師範やエドワード司祭からも、気にすることはないと言われていた。
「弟分の仇討ちってところか……」
俺は武闘関連のスキルを優先して強化している。
日々のケガを癒やすため、治療魔法も少しは伸ばしているが……。
骨折レベルのケガは治療できない。
マクセルの怒りを和らげることはできないな。
「悪いが、勝たせてもらう。強い者が勝つ……それが大会のルールだ」
俺はマクセルと睨み合う。
そして……戦いを始めるのだった。
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