「……はっ!? ここは……」
俺は意識を取り戻す。
目の前には、美しい巫女装束を着た少女がいた。
年齢は10代前半ほどだろう。
透き通るような白い肌と長い黒髪のコントラストが美しかった。
「ここは、『霧隠れの里』の地下遺跡にある祭壇です。そして私は、この遺跡を守護する巫女の1人……。名をイノリと申します」
「ふむ……」
俺は周囲をぐるりと見渡す。
さっきまでいた地上とは、まるで違う雰囲気だ。
厳かで得体の知れない空気を感じる。
「それにしても、陽炎殿は困ったお人です……。いくら侵入者が手に負えない存在だからといって、こちらに押し付けてくるなんて……」
「陽炎……? 押し付け……?」
俺はイノリの言葉に反応してしまう。
陽炎――カゲロウとは、俺が先ほどまで対峙していた女性忍者の名前だ。
彼女が発動した『忍法・夢幻流転の術』によって、俺はこの場所に転移させられてしまったらしい。
カゲロウからすると窮地を脱する最後の手段だったのだろうが、こっちのイノリにとっては迷惑極まりない話だといったところか。
「すまないな……。俺は怪しい者じゃないんだ。見逃してくれるなら、すぐにこの地下遺跡とやらから出て行くよ」
「怪しい者ではない……? その格好で言われても、説得力が皆無です。まず、なぜ下半身に何も着ていないのですか?」
イノリは警戒した様子で俺を見る。
俺は自分の下半身を見てみた。
「おおっ! 本当だな……。これは失礼した」
フンドシ姿をカゲロウに指摘され、脱いだところだったのだ。
そのタイミングで転移させられたので、当然のこととして俺は下半身に何も着ていない。
レディの前で、これは失礼だったな。
俺はいそいそとズボンを履く。
「これでどうだ? まだおかしいところがあるか?」
「まぁ……格好はもういいです」
イノリは疲れたようにそう言った。
まだ警戒しているようだが、とりあえずは認めてもらえたようだな。
「それで、ここはどこなんだ?」
「ここは『霧隠れの里』の地下遺跡です」
「それはさっきも聞いた。他に何かないのか?」
「伝える意味がありません。ここであなたは封印され、朽ちていく運命なのですから」
「なっ……!?」
いきなり物騒な話になった。
しかし、イノリは冗談を言っているようには見えない。
「待ってくれ! 俺は本当に怪しい者ではないんだ!!」
「もう襲いです。陽炎殿が『夢幻流転の術』を発動し、あなたがこの祭壇に転移してきた段階から……。ずっと術式は発動を続けています」
「なんだと!?」
俺は思わず叫ぶ。
スキルによる補正もあり、俺は魔法適性が高い。
そんな俺でも、術式を察知できなかった。
しかし言われてみれば、妙な干渉を受けている気もする……。
即座に危害を加える類の術式ではない。
まるで、俺という存在そのものをスキャンされているような……。
そんな感覚を覚える。
「『霧隠れの里』は、直接的な戦闘では手に負えない者たちの処理を任されてきた特殊な集団です。謀略・暗殺・強制転移・封印など……。その役目を果たすために……私はここであなたを封印します」
「くっ……」
「諦めてください。数十年をかけて祭壇に備蓄した妖力の前では、一個人の力では抵抗できないはずです」
イノリはそう言うと、両手を前に突き出した。
彼女の身体から魔力があふれ出す。
「これは……!?」
「陽炎殿の『夢幻流転の術』を引き継ぎ、この私、イノリが完成させます!」
「いや……待ってくれ!!」
「待ちません! はあああぁっ!! 【英霊纏装・並行幻影の術】!!!」
イノリが叫ぶ。
すると、彼女の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
祭壇全てが光を放ち始める。
そして、彼女の姿が霧に包まれた。
「くっ……!?」
俺はとっさに身構えるが、イノリの姿は見えない。
そして次の瞬間、霧の中で彼女の気配が増えていることに気づいた。
1、2、3……。
その数は、合計で10を超えている。
「なんだ……? 急に呼びだして……。まだ鍛冶の仕事が残っているのだが」
「俺はこれでも、次期国王だぜ? くだらねぇ用事だったらぶっ殺すぞ!」
「私には男爵様の護衛任務があるのです。さっさと終わらせて、屋敷に帰りたいところですな」
この声……。
聞き覚えがある。
まさか、いや、でも……。
俺の中で、様々な考えが渦巻く。
霧が晴れていくと、そこには知っている顔が並んでいたのだった。
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