「――くそっ! やはり、一筋縄ではいかないか……!」
1週間後。
薄く揺れる陽光が、桜花城の天守閣に射し込んでいた。
静寂と緊張が共存する空間の中、俺は木目の浮いた机に広げられた報告書を握りしめたまま、無意識に奥歯を噛み締める。
紙面に滲む指の熱は、未だ冷めやらぬ怒りと焦燥の表れだった。
『状況は芳しくありません。他藩から来た者が櫛名田比売の加護を得たという情報あり。樹影さんの力に若干の低下傾向。迷宮探索は保留とし、加護を得た者の情報を探ります』
最初に届いたのは、翡翠湖に派遣した紅葉からの報せだった。
くぐもった筆致から、彼女の焦りが垣間見える。
クシナダの加護――神の選定が、俺たちの手からすり抜けてしまった。
紅葉たちが到着する前に、余所者がすでにその力を得ていたのだ。
しかも、その者は他藩の人間だという。
噂に過ぎなかった『新たな適性者の出現』は、もはや確定的な現実へと姿を変えていた。
そいつが遥か遠くの余所者ならまだいいが、近麗地方の藩に忠誠を誓う侍とかであれば話がややこしくなる。
紅葉の言う通り、情報は必要だ。
しかし……
「紅葉は強いが、攻めの立場だと厳しいかもな……。樹影の力も弱まっているそうだし」
口に出すことで、少しでも思考を整理する。
紅葉の実力を疑っているわけではない。
だが、相手が神の加護を得た者となれば話は別だ。
今は無理に仕掛ける必要はない。
彼女には、戦うのではなく見極めてもらいたい。
加護者の素性、その目的、背後に潜む意図――それを暴くのが、今の最優先だ。
「次の一通は……」
続いて手にしたのは、虚空島に関する報告書。
そこに記されていたのは、予想以上に異様な情報だった。
浮遊する島の下に広がる山脈、その奥地を進んでいた探索隊が、突如として“天降る弓矢”に見舞われたという。
雷鳴のような轟音が空を裂き、直後に無数の弓矢が降り注いだ。
しかもそれらは、ただの矢ではなかった。
妖気を帯び、神の気配すら纏う矢だったという。
「虚空島……。神気の濃い場所だとは推測していたが、まさか神が直接的に守護しているのか? いや、あるいは適性者が力を行使したのか……」
桔梗たちは懸命に応戦したが、その中で雷轟が矢に貫かれて負傷。
夜叉丸も、部下を庇って防御系の秘術を連発し、満身創痍となったらしい。
幸いにも追撃はなかったとのことだが、それで安心できるものではない。
彼女たちは今、山脈内のとある洞窟へ一時的に避難中。
警戒を解くことは、即ち死を招く――そんな桔梗の意思を感じさせる記述だった。
そして、三つ目の報告が俺の胸中に最も深い怒りを呼び覚ました。
流華からの書簡。
その文面は、他の誰の報告よりも冷静で簡潔であったが、そこに綴られていた内容は、俺の感情を静かに逆撫でした。
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