俺、モニカ、ニムがゾルフ砦を出発してから1週間以上が経過した。
「おっ! あれが古都オルフェスか?」
幌付きの荷馬車に揺られながら、俺は声を上げる。
前方を見ると、巨大な城壁に囲まれた都市が見えてきたのだ。
ここからでは全容は見えないものの、かなりの規模があるように見える。
街を囲む外壁の高さもかなりあるようだ。
恐らく高さ3メートル前後はあるだろう。
「そうみたい。思ったより大きな街だね」
右隣に座るモニカが言う。
彼女の言葉通り、かなりの大都市のようだ。
「き、聞いた話では、古代都市の一部施設をそのまま利用しているそうです」
左隣に座るニムが補足するように言う。
サリエにもらったメモに目を通しているようだ。
ニムは、脳筋気味でイケイケドンドンな性格だ。
しかし強気一辺倒ではなく、メモを読むくらいの知性はある。
まぁ、本を読むと眠くなっちゃうタイプでもあるらしいのだが……。
そんなことを考えているうちに、俺たちは門の前に到着した。
門の前には長蛇の列ができていて、商人や旅人と思われる人々が並んでいる。
これだけ人が多ければ、オルフェスの街も栄えているに違いない。
「次! ……なんだ、いかにも弱そうな一行だな」
門番らしき兵士が馬車の中を覗き込むなりそう言った。
この馬車に乗っているのは、4人のみ。
俺、モニカ、ニム、そして臨時で雇っただけの御者だ。
俺たち3人は正体を隠すために敢えて粗末な服を着ており、冒険者としての武具なども装着していない。
御者はもちろん、戦闘能力など皆無だ。
門番が俺たちを見て『いかにも弱そうな一行』と言ったのも無理はないのだが……。
開口一番に言うことでもないだろう。
ゾルフ砦でも感じたことだが、男爵とかBランク冒険者とかの身分を隠した途端に俺への風当たりが強くなった気がする。
いや、今までが尊重されすぎていたのか。
チートがなければ、これぐらいが俺の本来の価値ということなのだろう。
「……何か問題でもありますか? ただの観光客ですが」
俺はできるだけ丁寧な口調で答える。
「観光客だって? 英霊祭の時期でもないこの時期にか?」
訝しげな表情になる兵士。
またこのパターンか。
「下見ですよ。英霊祭ってのが有名なのは知っていますが、具体的にどんな祭りなのか知りたくて……」
英霊祭ってなんだっけ?
あまり詳しくは知らないのだが、ここで質問するのも良くない。
観光目的なら、有名な祭りぐらいは知っているはずだしな。
変な質問をすれば、怪しまれてしまう。
あとで適当に調べてみよう。
「ふん! まあいいだろう。見たところ、武器もないようだしな」
そう言って、兵士たちは通してくれた。
俺たちがいかにも弱そうだから、通しても中で問題を起こすことはないと判断したのだろう。
「――いや、やはりちょっと待ってもらおう!」
と思いきや、急に態度を変えて止めてきた。
「え……? なんでですか?」
モニカが首を傾げる。
すると、その中年の兵士は声を潜めて言った。
「祭りの期間中は、人は増える割には揉め事が少ないんだ。英霊と腕試しする気概を持つほどの強者が集うわけだから、チンピラどもも大人しいもんさ。だが、この時期になるとそうでもないんだよ」
「はぁ……?」
よく分からない説明だ。
どういう意味だろうか?
「つまりだな。こういう祭り外れの時期は、地元のマフィア連中が好き勝手やっていることが多いってことだ。特に今は、あいつらにとって稼ぎ時だからな……。あんたらのようなカモは、格好の餌食だ」
なるほどな……。
要は、地元ヤクザに目をつけられるかもしれないということか。
「ありがとうございます。気をつけます」
俺は素直に礼を言っておいた。
忠告自体はありがたいからな。
「本当に分かっているのか? 兄ちゃんみたいな貧相な男だけなら、ボコられて小銭を奪われる程度で済むだろうが……」
「……」
俺は兵士の忠告を黙って聞く。
貧相とはひどい言い草だが、実際に粗末な服装を着ているので仕方がない。
これでも3年近くになる冒険者活動で、素の肉体もそれなりには鍛えられていたりする。
だが、粗末な服の印象を覆せるほどのムキムキっぷりでもない。
女性陣からは『脱いだら意外に凄い』と評判の俺であるが、この場で脱ぐことわけにもいかない。
「そっちの嬢ちゃん2人は相当に警戒が必要だぞ。後ろ盾がないことがバレたら、奴隷狩りの餌食だ。もちろんこの国じゃ違法だが、奴らは上手くグレーゾーンでハメてきやがるからな」
中年男はそう言って俺たちを見る。
いくら治安が悪いとはいえ、問答無用で誘拐したりはしない感じか。
ネルエラ陛下が王として君臨するサザリアナ王国の一部として、最低限の治安は維持されているようだな。
この点、かつてノノンをハメて奴隷に堕とそうとした『闇蛇団』と似たような手口の組織が暗躍しているのかもしれない。
いや、王都から遠い分、それよりも一回り悪質でブラック寄りの手口になっている可能性もあるか。
「ええ、分かっています。ご親切にありがとうございました」
再度礼を述べてから、馬車にてオルフェスの街中に入る。
御者とはすぐに別れた。
また新たな客を乗せて別の街に向かうらしい。
さて、この街で俺たちがするべきことは――
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