桜花城の瘴気を吸収したタカシは、さらなる闇を求めて桜花城前から去った。
そして、数刻後の早朝……。
桜花城の中は、大混乱に陥っていた。
「なんだ、この記憶は……!? 余は……余は……」
藩主の景春は、城の縁側で呆然としていた。
彼の頭の中には、現実感のない記憶が次々と流れ込んできている。
だが、それは実際にあった出来事なのだ。
「確かに、もっと美味いものが食べたいと思ってはいた。民へ好き放題に重税を課して、贅沢な暮らしをしたいとも思っていた。だが……安易に実行に移すなど……」
景春は頭を抱える。
数か月前、藩主であった景春の父親が病に倒れた。
景春はまだ若い身。
彼が成長するまで他の者に藩主の座を譲ってはどうか、という声もあった。
しかし、そう簡単な話ではない。
土地神との契約により、桜花家に生まれた者は特殊な妖術を使える。
そういった妖術を使える絶対的な強者が藩主を務めないと、求心力を失ってしまうのだ。
そのため、景春は重圧に耐えながらも藩主としての役目を果たしていくことになった。
その心労が祟ったのか、彼の心に闇の瘴気が取り付き始めた。
闇の瘴気は、人の心の弱さにつけ込み成長する。
トップである景春が闇に堕ちてしまうと、あとは早い。
桜花藩の上層部が次々と闇に呑まれ、やがて桜花城全体が闇に堕ちてしまった。
そして……
「余が……余が命じたのか? 民を苦しめる大増税……情状酌量の余地がある者に対する厳罰……。父の息がかかっている前任の桜花七侍の排除……。そして、余はのんきに大宴会を……」
景春は頭を抱え、ぶつぶつと呟く。
これは全て、景春自身がやったことなのだ。
彼の『しっかりとした藩主にならなければ』という思いが闇の瘴気に汚染され……。
人間としての精神的な弱さが闇の瘴気を増大させ……。
その結果として、藩全体を苦しめ続けたのである。
「余は……余は……」
景春が呆然とする。
そんな彼の視界に、1人の女性の姿が映る。
「景春様……」
「……樹影(じゅえい)か」
樹影と呼ばれた女性は、景春の側近だ。
桜花七侍の1人。
7人の中で唯一、前藩主時代から引き続き仕えている。
歳は40代半ばくらいだろうか?
彼女は落ち着いた雰囲気を保ちながら、口を開く。
「私も混乱しております。景春様をお止めすることもできず……。申し訳ございません」
「……何を謝る? お前はいつも、余のために尽くしてくれたではないか」
景春は樹影に顔を向けようとする。
だが、彼女の顔を直視することができない。
「しかし、私は……」
「言うな! 余が勝手に命令したことだ。お前の責任ではない」
「……かしこまりました」
樹影は恭しく頭を下げる。
そんな樹影に、景春は問いかける。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!