「ふぁあ……。おはよーさん、ガキども」
紅葉たちが視線を向けた先には、あくびをしながら歩いてくる男の姿があった。
その両隣には、ガタイの大きい男と細身の男もいる。
今の武神流道場は、一般に開放していない。
雷鳴流とのイザコザを通して全ての門下生が辞めてしまい、その後は桜花七侍とのひと悶着もあったからだ。
いずれは流派を再興させるときもくるだろうが、それは今ではない。
「桔梗さん、以前の門下生の人たちですか……?」
「違う……。こいつら、誰?」
紅葉と桔梗が、見知らぬ男に対して警戒感を露にする。
一方、流華は……
「ふっ!」
一瞬で間合いを詰め、男の背後に回り込んだ。
彼女は男の腹部に、躊躇いなく短剣を突き刺す。
「お……おっ!?」
眠たげな表情の男が驚きの声を上げる。
抵抗する暇もなく、続けて流華のキックが彼を襲った。
男は勢いよく弾き飛ばされ、道場の床に倒れる。
「流華くん!?」
「ちょっ……いきなり……?」
紅葉と桔梗が驚いた様子で流華を見る。
だが、そんな2人に対して流華は……
「こいつらの顔、オレは知ってる! 姉御と一緒に情報収集していたからな。こいつらは桜花七侍の――ぐっ!?」
「ふぁあ……。いきなり酷いことするじゃねぇか、ガキ。激しい運動は嫌いなんだがなぁ……」
流華が話そうとしたところで、首筋を掴まれてしまう。
同時に、眠そうな男の声が彼女の背後から聞こえてきた。
「なっ……!? オレの短剣には麻痺毒を塗ってあったはず……。それに、蹴りの威力だって半端ねぇはずなのに……」
「ああ、痛かったぜ。眠気覚ましにはちょうど良かったがな。この俺『蒼天』に、あんな攻撃は効かねぇ」
「この……バケモンがぁ!」
流華は掴まれている男の手を振りほどき、距離を取る。
それと同時に短剣を鞘に納めた。
理由は不明だが、男――蒼天に麻痺毒は効かないようだ。
それに、短剣が突き刺さったはずの腹部には出血すら見られない。
ならば、他の手段を考える必要がある。
「待て待て――。俺たちは戦いに来たわけじゃない――。蒼天への攻撃は水に流すから、まずは話をしよう――」
「……うるさい!!」
間延びした声で説得しようとする男に対し、桔梗が攻撃を仕掛ける。
師範や高志による指導により、彼女たちの近接戦闘技術は急速に向上している。
1対1の搦め手なしでの短時間の近接戦闘なら、無月にも及ぼうかというレベルだ。
「おっと――。何をそんなに怒って――?」
「桜花七侍は、私たちの敵……。高志くんの邪魔になる存在……!!」
「語るに落ちたな――。やはりお前たちは重要参考人だ――。この『夜叉丸』、桜花七侍の職務を全うする――。少しばかり荒っぽくなるが、許してもらうぞ――」
「ちぃ……!!」
桔梗が夜叉丸に攻撃を仕掛けるも、謎の武具で軽くいなされてしまう。
どうやら、金属製の扇を戦闘に用いるようだ。
「桔梗さん! 私の植物妖術で援護を……えっ!?」
「おでの存在を忘れてもらっちゃ困るんだな」
援護しようと構えた紅葉の前に、ガタイの大きい男が立ちふさがる。
かなりの体格差だ。
大男が軽く手を動かしただけで、紅葉は大きく弾き飛ばされてしまう。
稽古場の壁を突き破り、彼女は武神流道場敷地内の中庭まで吹き飛ばされた。
「あぐっ!! う、うぐ……」
「痛いのが嫌なら、大人しくするんだな。お友だちも一緒に、治療してあげるんだな」
「くっ!! 誰が……!」
「戦っても無意味なんだな。おでは馬鹿だけど、力には自信があるんだな。『巨魁』の名をもらった俺が、子どもに負けるわけがないんだな」
「でも……!! それでも……!!!」
紅葉は地面を這うように、なんとか立ち上がる。
そして、鋭い視線で巨魁を睨んだ。
「外に移動したのは失敗でしたね……? 高志様に薫陶を受けし私の力、見せてあげます!!」
紅葉が叫ぶ。
こうして、『紅葉vs巨魁』『桔梗vs夜叉丸』『流華vs蒼天』の構図で、武神流道場を舞台に戦いが始まろうとしていたのだった。
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