引き続き、西の森を移動中だ。
同行者は、マリア、リーゼロッテ、キリヤ、ヴィルナ。
アランたち『紅蓮の刃』。
そして、その他の護衛兵が数人である。
「タカシお兄ちゃん! リーゼお姉ちゃん! くまさんがそっちに行ったよっ!」
空を飛んでいるマリアが、地上にいる俺たちにそう告げた。
くまさん……つまりはリトルベアのことだ。
「わかった。……あれか。【ファイアーボール】」
俺は馬車上から火の玉を放つ。
降りて剣や武闘で倒すのもいいが、リトルベア相手にそこまで手間をかけるのもな。
「ギャオォッ!」
リトルベアが大ダメージを受け、苦しんでいる。
ファイアーボールは最下級の火魔法ではあるが、今の俺ならそこそこの高威力に調整できる。
術者のMPや魔力に応じて、威力を調整できるのだ。
今のはボルカニックフレイムではない……ファイアーボールだ。
「グルルルル……」
悶絶していたリトルベアだが、まだ戦意を失ってはいない。
馬車に近寄ってきている。
「威力を押さえすぎていたか。なら……」
森の中で火魔法を発動すると、延焼するリスクがある。
適度に加減したつもりだったが、弱くし過ぎたな。
「【パラライズ】」
俺は初級の雷魔法を放った。
マヒ効果のある攻撃だ。
「ギャン!」
電撃によりリトルベアが硬直する。
この魔法はマヒ効果に特化した魔法なので、ダメージ自体はあまりない。
追撃が必要だが……。
「トドメはわたくしにお任せを。【レインレーザー】」
ピュンッ!
リーゼロッテが放った光線のような水によって、リトルベアが撃ち抜かれる。
奴が倒れて動かなくなった。
これで討伐完了だ。
「ふっ。さすがだな。護衛である俺たちが出るまでもないとは」
「索敵も、兎獣人の私より早いですからね」
筆頭警備兵のキリヤと、彼の妻であるヴィルナがそう言った。
キリヤは戦闘能力に長け、ヴィルナは索敵能力に長けている。
だが、俺とマリアが馬車の上で探知系スキルを使って周囲を警戒しているのだ。
特にマリアは強化された視力で上空から警戒しており、その索敵範囲は広い。
そして、俺とリーゼロッテは魔法の射程距離が長い。
必然的に、俺たち3人で対処するのが最も安全かつ効率的となる。
「うむ。次からは、お前たちにも働いてもらうか」
俺はそう言う。
ミリオンズの面々が魔物を倒すのは、レベル上げに繋がる。
しかし、既になかなかの高レベルになっている俺たちのレベルは上がりにくい。
キリヤやヴィルナ、他の護衛兵たちに経験を積んでもらう方が有意義だろう。
また、同行しているDランクパーティ『紅蓮の刃』にとっても、これほど安全な環境で西の森の奥地まで行ける機会は滅多にない。
彼らにとっていい訓練になるはずだ。
「ふっ。俺に任せておけ」
「なら、私も頑張りますよ! 早く主任警備兵に昇格させてもらわないと!!」
キリヤとヴィルナがそう言う。
キリヤは筆頭警備兵であり、相当な実力を持つ。
通常の加護を付与されているミリオンズの面々にはやや劣るかもしれないが、加護(小)までにとどまっている者たちの中では随一の実力を持つと言っても過言ではない。
ヴィルナは、元々は『やや優秀なDランク冒険者』というレベルだった。
しかし加護(小)の恩恵により、今の彼女はCランク相当となっている。
そのうちCランクに昇格するだろう。
ハイブリッジ家の警備兵は、当初は6人だった。
俺が騎士爵を授かった直後に登用したキリヤ、ヴィルナ、ヒナの3人。
そして、奴隷商館から購入したクリスティ、ネスター、シェリーの3人だ。
当時の実力としては、キリヤ>クリスティ>ネスター>シェリー>ヒナ≧ヴィルナくらいであった。
そして採用後の様子を半年近く観察した結果、キリヤを正式に筆頭警備兵として任命した。
当時の判断としては間違ってなかったはずだ。
その後のハイブリッジ杯でも、キリヤやクリスティは確かな実力を見せた。
一方のネスターとヒナは、それぞれの相手が蓮華とニムだったということもあり、1回戦負け。
シェリーはそもそも不参加。
ほぼほぼ実力通りの結果が出たと言ってもいい。
誤算があったとすれば、ヴィルナだ。
組み合わせに恵まれたこともあり、彼女は決勝でキリヤを下して優勝した。
実績は十分だ。
しかもその後のキリヤとの結婚などを通して、加護(小)の条件を満たし、さらに実力を伸ばしている。
キリヤ、クリスティ、ヒナもヴィルナと同じく加護(小)を得ているので、この4人の実力関係に大きな変化はない。
ただ、加護(微)にとどまっているネスターやシェリーとの実力関係は逆転しつつある。
ヴィルナが現状の平警備兵としての待遇に若干の不満を持っているのも無理はないかもしれない。
「ああ。キリヤとヴィルナの活躍に期待しているぞ」
実力的には、ヴィルナを主任警備兵に昇格させても問題ないんだよな。
ただし、その場合は同格のヒナの昇格も検討する必要がある。
そうなってくると、6人の警備兵のうち1人が筆頭警備兵で、4人が主任警備兵ということになる。
組織としてややイビツさを感じる編成だ。
1人だけ平警備兵として取り残されるシェリーの心境にも配慮しないと。
だが、だからと言ってヴィルナをいつまでも平待遇で抑えるのか?
加護(小)の条件を満たすぐらいだから俺に対する忠義度はかなり高いのだが、待遇に対する不満は長い目で見て蓄積していってしまうだろう。
現状で上にいる筆頭警備兵や主任警備兵が老齢であれば、その者たちの引退と共にヴィルナを主任に昇格させるという手があるのだが……。
キリヤ、クリスティ、ネスターは、まだまだ若い。
少なくともあと20年は働ける。
引退は遠い。
……って、なんで異世界に来てまでこんな人事の話で悩んでいるんだ……。
まるで、日本におけるベンチャー企業の幹部とか、大企業の人事にでもなった気分だぜ。
ま、細かいことはあまり考えず、近いうちにヴィルナやヒナを昇格させるのもいいか。
組織としてイビツな人数比は、それほど気にする必要もないかもしれない。
日本でも、10人のうちの全員が役職持ちの部署とかを聞いたことがあるしな。
俺はそんなことを考えつつ、引き続き馬車に揺られていったのだった。
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