ファイティングドッグを無事に倒したわたしたち。
ですが、視界の隅に緑色の魔物の姿が映りました。
「ま、まさか……」
「リン先輩?」
「あれはゴブリンですぅ! わ、わたしたちで勝てるはずがありません……。逃げましょう!」
「…………(こくこく)」
ゴブリンとは戦ったことがありません。
ですが、トミーさんやヒナさんから話だけは聞いています。
個体としての強さなら、ファイティングドッグと同じか少し上くらい。
ただ、本当の意味で厄介なのは、集団で行動することです。
今のわたしたちが戦えば、勝てる可能性はゼロに近いです。
でもだいじょうぶ。
まだ少し距離がありますし、落ち着いて街まで逃げれば――
「ひ、ひいいいぃ!!」
「あっ、ノノンさん! そっちは……」
街の方角から少しズレています。
それに街道からも離れていく方向なので、足場も悪くなりがちです。
逃げるのに適した方向ではありません。
「くっ……」
「…………(だっしゅ)」
わたしとロロちゃんは急いでノノンさんを追います。
放っておくわけにはいきません。
それに、これも元はと言えばわたしのミスです。
初心者のノノンさんを狩りに連れてくるなら、トミーさんやヒナさんがいっしょの時にするべきでした。
「あっ!」
ノノンさんが足を取られて倒れます。
やはり、このあたりは少し足場が悪いです。
その間にわたしとロロちゃんが追いつけたのは良いことです。
でも、それ以上に悪いことがあります。
「グギャギャギャギャ!!」
「ゲギャギャギャ!!」
ゴブリンの集団に追いつかれてしまったのです。
「あわわ……」
ノノンさんが怯えた様子を見せます。
無理もありません。
こんな状況、わたしだって泣きたくなります。
ですが、ハイブリッジ家、そして狩りという場においては、わたしの方が先輩です。
わたしがしっかりしないと。
「ノノンさん、下がってください。ここはわたしが引き受けます」
「…………(ずいっ)」
ロロちゃんも前に出てきてくれました。
わたしは剣を、ロロちゃんはハンマーを構えます。
ここが正念場です。
ご主人さまだって、ほんの3年前まではEランク冒険者だったらしいです。
わたしも、やればできるはず――
「あ、あれ……?」
剣が震えています。
これがご主人さまが言っていた、『地震』という現象でしょうか?
足もガクガクしてきました。
これは相当な揺れです。
しかし逆に言えば、チャンスでもあります。
ゴブリンだって、こんな揺れではまともに動けるはずが――
「グギャギャギャギャ!!」
「ええぇ!?」
ゴブリンたちは、なんともなさそうな顔でこちらに向かって走ってきます。
そのスピードはファイティングドッグと大差ありません。
落ち着いて対処すれば、どうにかなるはず――
「あっ!?」
おかしいです。
体がうまく動きません。
揺れているのは地面じゃなくて、わたしだけ……?
わたしはゴブリンの攻撃を受け、地面に倒されてしまいました。
名剣『プレッツェル』も手から離れてしまいました。
まずいです。
「くっ……」
どうにかして剣だけでも回収しようと、必死に手を伸ばしますが――
「ゲギャギャギャ!!」
ゴブリンがそれを許すはずもなく、わたしの手を踏みつけます。
これはかなりマズイ状況です。
剣がなければ、わたしなんかがゴブリンに勝てるはずもありません。
「…………うっ!」
「あ、ああああぁ!!」
ロロちゃんとノノンさんの声が聞こえてきます。
彼女たちも、また別のゴブリンに襲われているのでしょう。
必死に抵抗しているようですが、どうにもならないようです。
「グギャギャ!!」
「ぐぅ……」
ゴブリンの醜悪な顔が見えます。
ご主人さまは言っていました。
魔物と戦う時は、いかに安全に狩るかが大切だと。
安全に気を使うすぎるくらいでちょうどいい、と。
その言葉を思い出しながら、わたしは改めて必死の抵抗を試みます。
しかし、ゴブリンはビクともしません。
(し、死ぬ……? わたし、ご主人さまに何も恩返しできないまま死んじゃうの? ロロちゃんとノノンさんまで巻き添えにして……)
怖いです。
このままゴブリンに殺されるなんて嫌です。
「いや……いやあぁ!!」
わたしは最後の力を振り絞って、手足を動かし、なんとか逃れようとします。
しかしゴブリンはそんなことお構いなしです。
ジョロロ……。
不意に、わたしの股間からオシッコが漏れていることに気づきました。
わたしはここで死――
「…………」
「……?」
「……?」
あれ?
いつまで経っても痛みがやって来ません。
もしかすると、もうわたしは死んでしまったのかもしれません。
恐る恐る目を開けると、そこには――
「あ、あなたは……?」
真紅の剣を持った男の人――わたしのご主人さまが立っていました!
「よう、危ないところだったな。子どもたちだけでこんなところに来るのは感心しないぞ?」
ご主人さまはそう言いながら、真紅の剣を片手で軽々と振り回していました。
とても強いです。
わたしの目に映っているのは、あんなに厄介で怖かったゴブリンの集団が、まるで紙切れのように容易く倒されていく光景でした。
「す、すごいですぅ……」
「…………(きらきら)」
「や、やっぱり騎士様はとっても強い……」
わたしだけではなく、ロロちゃんやノノンさんも驚いている様子です。
トクン。
胸が高鳴ります。
この気持ちは何でしょうか?
大恩人のご主人さまのことは、以前から大好きでした。
一生をかけて恩返しするつもりでした。
でも、今は――
「ご、ご主人さまぁ……」
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ」
ご主人さまはわたしの頭を撫でてくれました。
わたしは、それだけのことで不思議と心から安心してしまうのでした。
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