朝の海岸線。
些細なことから、俺はエレナと掴み合いになりかけた。
そこで、彼女が心に大きな傷を負っていることを知った。
「エレナさん」
「なによっ!」
「ええっと……冒険者としてずっと頑張ってこられたんですよね? ここらで一度、ゆっくり静養されるのもアリなんじゃないでしょうか?」
俺はとりあえず思い付いたことを口にした。
だが、エレナは即座に反応してくる。
「バカ言わないでよ!! そんなことをしたら、『三日月の舞』の評判が下がっちゃうじゃない!! 私たちの目標はAランクよ! こんなところで立ち止まるわけにはいかないのよ!!」
「うーん……。でも、無理をしては身体や心を壊してしまいますよ」
「ふんっ! あんたみたいな軟弱者に心配されても嬉しくないわ!!」
エレナは吐き捨てるように言った。
「……」
「……」
「……」
俺、エレナ、ついでにルリイ。
3人の間に、気まずい空気が流れる。
そこで俺は、1つ提案することにした。
「あそこはどうですか? 静養できる施設があり、しかも冒険者としての仕事もたくさんある場所なのです」
「はぁ? そんなオイシイところがあるわけないでしょ! 適当なことを言わないで! このウスラトンカチ!!」
「いえ、それが本当なのですよ」
「はぁ~? いったい、どこの街だって言うのよ?」
「リンドウです。ハイブリッジ男爵領の領都ラーグから西に行ったところにある新しい街ですよ」
俺はそう伝える。
まぁ、そのハイブリッジ男爵ってのは俺のことなわけだが……。
自分で自分の街をオススメするっていうのも妙な気分だな。
「リンドウ……。タカシ様が開発に注力されている、新しい街だったわね」
「わたしも聞いたことがあるよー。エレナちゃんが土壇場で照れちゃって、寄ることができなかったけどー……。そこってどんな街なの?」
エレナとルリイは興味を持ってくれたようだ。
Cランク冒険者の彼女たちがリンドウに来てくれれば、開発も加速するだろう。
ここはしっかりとPRしておこう。
「活気があって、とても過ごしやすい素敵な街ですよ。開発中なので、確かな人口は不明ですが……。定住人口だけでも300人は軽く超えていると思います」
「ふーん。なるほどねぇ。……で?」
「で、とは……?」
「新しい街なら、そりゃ冒険者としての仕事はあるでしょうよ。でも、『静養できる施設』とやらはどうなのよ? そういうのって、開発済みの安定した街にしかないもんでしょうが!!」
エレナが噛みついてくる。
俺は困ってしまった。
「え、えーと……」
「ほら、やっぱりないんでしょ? だいたい、私が女だからって、バカにしてんの!? そんな常識すら知らないとでも――」
「い、いえ! それがあるんですよ! 静養できる施設が!!」
「はぁ~? あるわけないでしょ!!」
エレナがヒートアップしてきた。
本当に強気で短気な性格だなぁ……。
ま、これが彼女の魅力的で可愛いところでもあるのだが。
それに、今はダダダ団の件で気を張っているというのもある。
無闇に折らず、何とかこのままリンドウへ誘導したい。
「リンドウの近くには鉱山があるんです!」
「鉱山で静養しろっての!? バカじゃないの!?」
「いえ、そうではなくてですね! 山の中に温泉が出たのですよ!!」
「あ……温泉……。なるほど、確かにそれなら……」
エレナが考え込む。
よし、あと一押しだ。
「温泉の近くには、温泉旅館という宿泊施設があります!」
「オンセンリョカン……?」
エレナの顔に疑問符が並ぶ。
「はい! 簡単に言えば、温泉に付随した高級宿屋です!」
俺は力強く答える。
これは嘘ではない。
俺が主導の上、アビーに依頼して温泉旅館の準備を進めてもらっている。
少し前には、聖女リッカの襲撃をきっかけに先行で宿泊体験をさせてもらった。
もう完成していると言っていいだろう。
俺がラーグを出発してから結構な時間が経過したし、もう一般に開放している頃かもしれない。
そのあたりの判断は、アビーやその他の従業員に任せている。
「つまり、私はそこに泊まって、温泉にゆっくりと浸かっていれば良いということかしら?」
「そうです! そうすれば、心身ともに癒され、元気になるのは間違いありません!!」
「ふーん。なるほどね……」
エレナは腕を組みながら、俺の話を聞いてくれる。
よし、いい感触だな。
このままリンドウのPRを続けて、押し切っていこう。
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