ユナやマリアが着替えを進めていた頃。
別室では、サリエがメイドたちからドレスの着付けを受けていた。
「それでは、サリエ様。ドレスの袖を通してくださいませ」
「はい」
サリエは指示に従い、用意された白いドレスの袖を通す。
「お似合いですわ」
「素敵でございます」
「以前とお変わりない、絹のような肌……」
「羨ましい限りです」
メイドたちが賛辞の言葉を口にする。
彼女たちはハイブリッジ家のメイドではなく、ハルク男爵家のメイドだ。
幼少期よりサリエの面倒を見ている。
男爵家令嬢として敬うと同時に、自分の娘のように愛おしく思う感情も持っていた。
「んっ……。少し苦しいかも……。太ってしまったのでしょうか……」
サリエが首を傾げる。
すると、すぐに別のメイドがフォローに入る。
「ご心配なく。胸の締めつけがキツイのでしょう」
「そうなのでしょうか?」
「はい。コルセットの紐を結び直しますね」
「お願いします」
実際のところ、サリエはここ最近体重が増加傾向である。
冒険者活動や治療回りを精力的に行っているため、全身の筋肉が引き締まりつつあった。
しかし、女性的な丸みは失われていない。
むしろ、胸の部分については、以前よりも豊かに成長していた。
タカシとの刺激的な夜が、何かしらの好影響を与えているのかもしれない。
(胸が大きくなって嬉しいのですが、これはこれで困りものですね)
サリエは心の中で呟く。
タカシの気を引くためには、女性としての魅力が増えることは喜ばしいことである。
しかし、あまり大きくなり過ぎると、戦闘時に機敏な動作がしづらくなるだろう。
また、治療回りの際などに男性患者を不用意に刺激してしまう恐れもある。
「んっ……。終わりました」
「ありがとうございます」
「いえいえ。本日の私どもの仕事は、サリエ様を美しくすることでございますので」
「そう言って頂けると嬉しいです」
サリエが幸せそうに微笑む。
それを見て、メイドたちが息を飲む。
「ふふ。サリエ様は本当にお綺麗になりましたね」
「そ……そうですか?」
「ええ。以前も美しかったですが……。今のサリエ様は、眩しいくらいですわ」
「……」
サリエは長期間病床に伏せっていた。
それはそれで儚げな魅力があったのだが、今の健康的なサリエの方がより魅力がある。
「きっと、旦那様に可愛がっていただいたのですね」
「噂は聞いていますが……」
「きゃーっ!」
「ふ、踏み込み過ぎでは……? でも、私も気になりますが……」
メイドたちが興奮気味に話していると、サリエの顔が真っ赤に染まっていく。
「えっと……まあ、その通りなのですが……」
サリエが照れくさそうに視線を逸らす。
そして、彼女の口からポツリポツリとタカシの情報が漏れていく。
「……で、……が……。気付いたら私は、気を失っていて……」
結婚式という一大イベントを前に、情事の話で盛り上がる新婦控室。
男爵家令嬢としてしっかりとしたサリエにとっては珍しい失態ではあるが、それほど大きな問題ではない。
誰にも聞かれなければいいのだ。
時間にも多少の余裕はある。
「やはり! あの方は凄い方だと常々思っていましたが……。まさか、そこまでとは……」
「信じられません……。サリエ様をそれほどまでに……」
「私たちも素敵な殿方を見つけて、是非とも味わってみたいものですわ」
「サリエ様が天国と称されるほどの快感……。興味があります!」
メイドたちはサリエとその夫タカシの話で盛り上がっていた。
「もうっ……。恥ずかしいから、この話はやめにします」
サリエは顔を赤く染めながら、話題を打ち切った。
そして、ドレスの裾を摘まんでクルッと一回転する。
「うん。ちゃんと着れてますね」
サリエが嬉しそうに微笑んだ。
「「「おぉ~!!」」」
控室にいた他のメイドたちも歓声をあげる。
サリエのドレス姿は、とてもよく似合っていた。
「ふふ。無事にドレスに着替え終わっていますね。似合っていますよ」
そう言って部屋に入ってきたのは、サリエの母親だ。
ハルク男爵家の妻としての彼女は、普段は控えめにしているため、あまり目立つことはない。
かつてタカシがハルク男爵家を訪れた際にも、ハルク男爵やサリエに比べてタカシとの交流は控えめだった。
しかしもちろん、娘の結婚式に出ない理由はない。
ハルク男爵と共に、この街まで来ている。
「母上! ありがとうございます」
サリエが母親に抱きつく。
「あらあら。サリエったら甘えん坊さんですね。抱きついてくるなんて、いつ以来かしら?」
「普段は我慢していたのです。病で出遅れた分、立派な女性にならないとって……」
「そんな心配は要りませんよ。サリエは既に一人前の淑女ですから。だからこそ、タカシ殿にも気に入って貰えたのでしょうね」
「そうなのでしょうか? 私には良く分かりません……」
「うふふ。そういうところも可愛いですよ。貴族家の娘としての能力を発揮していけば、タカシ殿から変わらぬ寵愛を受けることができるでしょう」
「はいっ。頑張ります!」
サリエが意気込む。
彼女やその母親は、1つだけ勘違いをしている。
確かに、タカシはサリエの貴族としての知識や経験を重宝している。
彼の妻は、今回の合同結婚式後には合計8人になる。
その内のミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナについては、平民の出だ。
マリアは王族だが、まだ少し幼く、また両親の教育方針のためか王族にしては自由奔放な言動が目立つ。
リーゼロッテは伯爵家令嬢だが、本人の気質はおっとりしており厳格な性格とは言い難い。
そんな中、男爵家令嬢としてやや厳し目の態度でハイブリッジ家の配下に接するサリエのことは、タカシは有り難いと思っている。
ただし、彼がサリエを愛し大切に思っているのは、そんな実用性だけを買ってのことではない。
サリエが男爵家令嬢としての能力を放棄して自堕落な生活を送るようになったとしても、それはそれとしてタカシは受け入れるだろう。
「さあ、そろそろ時間でしょうか。サリエの姿を皆さんに見せるのが楽しみですね」
「ええ。まずは、父上や姉上に見てもらいたいです」
母娘はそんな会話をしながら、控室で待機するのだった。
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