レインが東へ向かっている頃――。
同地方の奥山藩でも、また別の少女が東へ向かっていた。
「ぬぅ……。また同じ場所でござるか……」
少女がつぶやく。
これで3回目だった。
深緑に囲まれた山地を東に向かって進むが、同じところに戻ってきてしまうのだ。
「面妖な……」
少女は周囲を見渡す。
一見すると、何の変哲もない山間の風景だ。
だが……
「やはり、妖術の類でござるか。拙者の不得意分野でござるな……」
少女――蓮華はため息をつく。
彼女はヤマト連邦で生まれ育った。
ヤマト連邦の地理はそれなりに知っているし、妖術というものの存在も知っている。
だが、彼女は妖術を苦手としていた。
むしろ、ヤマト連邦内では知名度が低めな『魔法』の方が得意なのだ。
それは、彼女の種族にも関係している。
古くからヤマト連邦に住んでいた民ではなく、他の大陸から移住してきたとされる妖精族――通称『エルフ』の末裔なのだ。
移住してきたのは、およそ200年ほど前だと言われている。
完全な同化は進んでいないものの、異国民を拒絶する鎖国制度が始まってからも迫害されない程度には同族意識が形成されている。
それがヤマト連邦におけるエルフの立ち位置であった。
「このあたりは女王派閥の勢力下にある……。目立たぬようひっそりと動くつもりであったが、こう同じ場所に戻り続けるとそれは叶わぬやもしれぬな……」
蓮華は悩みながら歩く。
ヤマト連邦には大きく2つの派閥がある。
九龍地方の佐京藩を中心にした女王派閥。
そして、中煌地方の愛智藩を中心にした将軍派閥だ。
蓮華の生家である『東雲家』は将軍派閥の武家である。
だが、先日の強制転移によって、蓮華は重郷地方の奥山藩西部に飛ばされてしまった。
重郷地方はヤマト連邦全体で見た場合に西寄りに位置する。
女王派閥直下の九龍地方に飛ばされるよりはマシだったが、それでも油断はできない。
可能な限り目立たないように脱出しようとした蓮華の判断は妥当だったと言えよう。
「……む?」
蓮華は立ち止まる。
前方に人影が見えたからだ。
「あれは……?」
蓮華が目を凝らす。
そこにいたのは、1人の少年だった。
長い金髪を靡かせる美少年だ。
年齢は蓮華と同じくらいだろうか。
「止まりたまえ」
少年は厳かな声で、蓮華にそう告げたのだった。
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