武神流道場での鍛錬を終えた俺は、宿屋に戻って紅葉や流華と合流した。
「高志様、お疲れ様でした!」
「おつー」
紅葉と流華が出迎えてくれる。
俺は軽く手を上げて応えた。
そして、宿屋内の食事処で夕食をとり始める。
「高志様、本日の鍛錬はどうでしたか? 厳しくありませんでしたか?」
「いや、それほどでも」
俺は首を横に振る。
実際、武神流道場の修行はそれほど過酷ではなかった。
闘気や魔力による身体強化を控えめにしているため、余裕というほどでもないが……。
適度な疲労感だ。
「2人はどうだ?」
「ばっちりですよ! もうちょっとで、植物を操れそうな感覚があるんです!」
「オレの方は、まだ……」
紅葉とは対照的に、流華は首を横に振る。
どうやら、彼は苦戦しているようだ。
紅葉の方が魔法や妖術に適性があるのかもしれない。
「そうか……。まぁ、焦る必要はないさ」
俺は流華を励ました。
彼は彼で、良いところもある。
特筆すべきは、気配察知能力や隠密能力の高さだろう。
元スリだけあって、そういった能力はかなり高い。
スリとしては褒めるべきではないが、そういった能力を持つこと自体は褒めるべき事柄だ。
「ありがとう、兄貴」
流華は微笑む。
彼は、俺に対してかなり懐いてくれている。
紅葉も同じだ。
加護(小)まで、もう一息といったところだな。
「さて、たくさん食べて明日に備え――ん?」
俺があることに気付く。
食堂内の少し離れた席で、男たちが食事をしているのだが……
「その話、本当か?」
「ああ。武神流もとうとう終わりだろう」
「師範が復帰して、また勢力を取り戻すのかと思っていたが……」
男たちの会話が聞こえてくる。
どうやら、武神流道場について話しているようだ。
俺は思わず聞き耳を立てた。
「武神流と敵対している道場が黙っていないさ。さっきも言ったが、木刀を持った集団が武神流道場を囲んでいる。武神流は終わりだ」
「そうか……。かつては桜花七侍の筆頭だった爺さんも老いているしな。集団戦に持ち込まれれば、太刀打ちできまい」
「仕方ないさ。あの歳では、全盛期の動きはできない。それに、藩主が代替わりしたせいで政治的な影響力も激減したし……」
「孫娘の才覚もなかなかと聞いていたが、もったいないなぁ……」
男たちの会話は続く。
俺は彼らの情報を頭の中で整理した。
(武神流道場が襲われる? 老いた師範、政治的影響力の低下……)
気になる情報はたくさんある。
この男たちを締め上げて、詳しい話を聞きたい。
だが、そんな暇はない。
「紅葉、流華」
「はい? え、えっと……」
「どうした、兄貴? そんな怖い顔して……」
2人が少し怯えた顔をする。
俺の顔がそれほど怖いのだろうか?
自覚はない。
だが、心の底から負の感情が湧き上がってきている気はする。
「少し急用ができた。すまないが、食べ終わったら先に寝ていてくれ」
俺は立ち上がり、急いで宿を飛び出した。
武神流の道場は、町外れにある。
俺はその方角に向け、全力で走り出すのだった。
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