『……どうした? 骨が粉々に砕けたその左足は、相当に痛むであろう。仮に痛みを考慮外にしたとて、右足一本ではそもそも戦えまい。試練はこれで終わり――』
「笑わせないでよ」
アイリスが千手観音像を睨む。
そして、左足が使えない状態で器用に立ち上がり、右足のみでバランス良く構えてみせた。
「誰が戦えないって?」
『ほう……』
「ボクはね……。この程度の痛みで、心が折れるほど弱くないんだよ!」
彼女はかつて、ガルハード杯で敗北して深く落ち込んだことがある。
また、聖女リッカとの戦いではその肩書きに尻込みしてまともに戦うことすらできなかった。
しかし、今は違う。
日々の地道な鍛錬やタカシの『ステータス操作』などによって戦闘能力を伸ばし続けている彼女は、その能力に相応しいだけの自信やプライドを得た。
精神的に弱いアイリスは、もういない。
それに、いつしか芽生えていた微かな慢心も、先の【右手乃試練】で完全に払拭された。
アイリスは生まれ変わったのだ。
「ボクは負けない! 守られているばっかりは嫌だ!! 今度こそタカシをこの手で守るんだ!!」
『その意気や良し。だが……挑戦には代償がつきもの……。次なる対価は、汝の右腕よ!!』
「っ!!」
千手観音像が掌底を繰り出す。
アイリスはそれを間一髪で躱した。
『【拾玖乃手・施無畏印(せむいいん)】』
怒涛の連撃がアイリスを襲う。
今の千手観音像の手のひらには、何も細工がない。
だからこそ、付け入る隙がないほどにその連撃は速く、そして重い。
「うわっ! ぐっ……! くっ!」
『…………』
千手観音像による怒涛の連撃が続く。
だが、アイリスも負けてはいない。
使える足は右のみとなっているのだが……だからこそ、彼女は躍動する。
――そこからの攻防は、まさに熾烈だった。
千手観音像の攻撃を紙一重でいなし続けるアイリスと、それを強引に突破しようとする千手観音像。
両者一歩も譲らない。
時間にして2分にも満たない攻防が、永遠とも感じられるほどに続いた。
そして……
ドゴォォン!!
その均衡が崩れる時が来た。
「うぐっ!」
千手観音像の掌底がアイリスの右腕に直撃したのだ。
彼女は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
直撃を受けた右腕は、見るも無惨に折れていた。
『今度こそ終わりだ……。汝は我を追い詰めた。だが、左足に続いて右足までも砕けた今、もう戦えまい』
「……」
『汝は【右手乃試練】だけでなく【左手乃試練】も突破した。汝のその不屈の精神は称賛に値する。よって、我は汝に敬意を表し……この試練を終わりとしたい』
「…………」
『さぁ述べよ。試練を終えるための……降参の言を』
千手観音像がアイリスに降参を促す。
だが、彼女は……
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