宿屋に着いた。
自室に戻り、ミティと合流する。
「ただいま、ミティ。無事に用事は終わったよ」
「おかえりなさいませ、タカシ様」
「もう少ししたら、冒険者ギルドへ向かう。それまではまだゆっくりしていてくれ。俺も少し休む」
イスに座り、一息つく。
今日はやるべきことがたくさんあった。
新しい武具の感触を確かめること。
火魔法レベル5の試し撃ち。
火魔法レベル5の様子次第で、MP関連のスキルを取得し、再度試し撃ち。
MP関連のスキル取得を保留した場合、その分のスキルポイントで風魔法を取得し、試し撃ち。
風魔法を取得した場合、ミティに風魔法の指導。
アイテムバッグをミティに渡し、それの試運転。
ラーグ奴隷商会に行き、いくらかの借金の返済。
何とかこれらを全て終わらせることができた。
もう今日の仕事はこれでおしまいと言いたいところだ。
しかし、残念ながら最も重要な案件がまだ残っている。
護衛依頼の顔合わせだ。
今日は、ゾルフ砦へ出発する前日である。
夕方に、隊商の代表者や他の護衛者との顔合わせがあると聞いている。
初の護衛依頼だ。
どういう段取りで進んでいくのか、しっかりと把握していきたい。
その後、しばらくは宿の自室で休んだ。
そろそろ出発するか。
「ミティ。そろそろ冒険者ギルドに向かうよ。準備してくれ」
「わかりました」
まあ準備と言っても特にやることもないが。
武器と防具はどうしようか。
普通に考えれば、戦闘をするわけではないので武器と防具は必要ない。
しかし今回は、護衛依頼の顔合わせだ。
どういった武器や防具を使っているのか、実物があった方が互いの理解が深まる。
そのような考えから、武器や防具を持っていくのが一般的である可能性もある。
まあ念のため持っていくか。
狩りの帰りにそのまま顔合わせに来る人もいるだろう。
武器や防具を持っていくのが特別に不自然ということはあるまい。
他の人の様子次第では、アイテムボックスに収納してしまうという手もある。
冒険者ギルドに向かって歩き出す。
途中で、ニムに出会った。
例の犬獣人の少女だ。
いつものように、リンゴを売っている。
もうすっかり顔なじみだ。
この子ともしばらくお別れだな。
「リンゴを全部売ってもらえるか」
そう言って銀貨を3枚渡す。
リンゴ全部で10個ほどある。
リンゴ10個ならば、本来は銀貨1枚でもお釣りがくる。
銀貨3枚は払い過ぎだ。
「え、ええと。リンゴ1個が鉄貨3枚で……。10個だと……。え、ええと。あわあわ」
暗算ができなくてこんがらがっているようだ。
「いや、お釣りはいいよ。取っておいてくれ」
少しでも彼女たち一家の家計の足しになればいい。
まだ借金を完済できていないとはいえ、収入のペース的には多少の余裕はある。
銀貨3枚ぐらいは何とでもなる。
本当は金貨を渡してもいいのだが、下手に大金を渡して彼女がチンピラにでも狙われたら危険だ。
「あ、ありがとうございます。いつも助かってます」
「実は、明日からしばらくこの街からはなれるんだ。いずれは戻ってくるつもりではあるんだけど」
俺がいない間に、彼女が金銭的な苦境に陥らないか心配だ。
まあおそらくは無用な心配なのだろうが。
俺がこの街に来る前から、彼女たち一家はここで生活してきていたのだ。
別に俺1人がいなくなったところで、家計が行き詰まるなんてことにはならないだろう。
しかし心配なものは心配なのだ。
自意識過剰で偽善的かもしれないが、少しでも彼女の生活を楽にしてあげたい。
「そ、そうなんですか……」
俺がしばらくいなくなると聞いて、心なしか彼女もしょんぼりしているように見えなくもない。
可愛い犬耳が垂れてしまっている。
「帰ってきたら、またリンゴを買うから。それまで元気でな」
「は、はい。がんばってきてください」
そう言って、ニムと別れる。
冒険者ギルドに向けて歩きだす。
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