「ええっと……」
「相違ないのなら、この小僧の罪状は増える。現行犯として、この後の手続きも円滑になるのだ」
「ふむ……」
どうやら、桜花藩の法体制はなかなかにきっちりしているようだ。
桜花藩藩主の配下でも、そこらの犯罪者を無条件で取り締まれるわけではないらしい。
きちんとした手続きを踏んで、正式な犯罪者として裁かれると……。
「な、なぁ……。オレは反省して――」
「盗人は黙っていろ! このゴミが!!」
流華の弁解を、侍は一蹴する。
彼は言葉を続けた。
「さぁ、どうなのだ? 情けは人の為ならずとも言う。温情をかけようなどとは思わぬことだ」
「そうだな……」
俺は少し考える。
そして言った。
「ああ。確かに俺は、彼に財布を盗まれた」
「うむ。そうであろう」
侍は満足そうにうなずく。
それとは対称的に、流華は顔を真っ青にした。
「お、おい! てめぇ……!!」
「事実は事実だ。俺は財布をスられた。だが……実を言えば空の財布だったんだ」
「なるほど。貴重な証言、感謝する。それでは、こやつの処理は我らに任せてもらおう」
「ああ」
侍たちは流華を拘束したまま歩き始める。
流華がこちらを睨む。
……いや、これは睨むというより、助けを求める目か?
「お、おい! てめぇ!! オレを許してくれるって言ったじゃねぇか! オレはもうスリをやめるって……」
「そうだ。だが、罪は罪。ちゃんと償え」
「う、うぅ……。そんな……」
流華が悲壮な声を漏らす。
ここまで取り乱すようなことだろうか?
常習犯とはいえ、所詮はスリ。
単なる窃盗罪だ。
現代日本なら……確か、『10年以下の懲役または50万円以下の罰金』だったか。
死刑にされるような犯罪ではない。
懲役の最大値はそこそこ高いものの、これはよほど特殊な事情がある場合に限られる。
対象物が相当に高価で、窃盗の実行が組織的かつ計画的で、常習性があって、窃盗だけでなく住居侵入も付随して、本人に反省の色がなくて……。
そんなときに、最大値の10年近い懲役が課されることになる。
ならば、今回はどうか?
流華はまだ未成年。
常習犯ではあるが、反省の言葉を口にしている。
更生する余地はあるはずだ。
それに、俺が侍たちに伝えた通り、盗まれたのは空の財布だった。
当然、桜花藩の侍たちもそのあたりを考慮した刑罰を流華に与えるだろう。
「それじゃあな、少年」
「ま、待っ――」
「黙れと言っているだろうが! この盗人が!!」
流華の言葉を、侍が殴って遮る。
おいおい、ずいぶんと乱暴だな……。
それなりにきっちりしている法体制を持つと思っていたが、現場で多少乱暴に扱うぐらいは許されているということか?
現代日本と違い、録画技術なども発達していない世界だしな……。
(本当に彼らに任せても大丈夫なのか?)
俺は一抹の不安を抱く。
しかし、俺が首を突っ込むのもおかしな話だ。
ここは桜花藩の侍に任せておくしかないだろう。
処罰が確定したタイミングで、また聞いてみるのもアリだ。
もし無期懲役のような重罪だった場合……。
そのときは、俺が手を貸せばいい。
頑張って侍たちを説得したり、袖の下を使ったり……。
あるいは、収容所からこっそり流華を逃がしてあげたり……。
方法はいくらでもあるだろう。
とりあえず今は、穏当な刑罰がくだされることを祈ろう。
桜花藩の侍たちに引きずられていく流華を眺めながら、俺はそう思ったのだった。
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