チンピラたちにボコボコにされていた俺を、エレナが助けてくれた。
彼女はCランクパーティ『三日月の舞』のリーダーだ。
対するチンピラたちは、おそらくDランク下位相当と思われる。
普通に考えれば、エレナが負ける要素はない。
しかし、チンピラたちの数は多い。
多勢に無勢という言葉もある。
いくらエレナが凄腕の魔法使いとはいえ、複数の男を相手にするのは厳しいかもしれない。
俺はそう考えたのだが……。
「――起動せよ。万物を破壊する魔導の杖よ。我が魔力を糧とし、破壊の力を顕現させよ。――【紅杖・レーヴァテイン】!!」
エレナが美しい杖をかざすと、彼女の周囲に炎の渦が出現した。
渦巻く火炎は、まるで巨大な龍のようだ。
「なんだと!?」
「うぉぉ!? 火魔法だぁ!?」
「バカな! あんな若い娘が、これほどの威力の魔法を使うなんて!?」
チンピラたちが驚愕の声を上げる。
無理もない。
彼らの常識に照らし合わせれば、エレナの放った魔法は異常に見えたのだろう。
俺としても、少しばかり驚いている。
(俺やユナに比べれば、やや劣るが……。Cランクにしては高出力だな。Bランク冒険者に匹敵しそうな感じだ)
そんなことを思う。
俺たちミリオンズの面々は、俺の『加護付与』や『ステータス操作』のチートによって高い成長率を誇る。
だが、一般の冒険者はそうはいかない。
エレナ率いる『三日月の舞』の面々は、3年程前の時点でCランク冒険者だった。
そして、今現在もCランクに留まっている。
ここに来て、何かしらのきっかけで才能が開花した感じだろうか?
俺はそんなことを考えつつ、エレナの様子を伺う。
(……ん?)
ふと気付く。
エレナがかざしている杖。
彼女は『紅杖・レーヴァテイン』と叫んでいた。
名前に心当たりはないが、その形状に見覚えはある。
「あ、俺の杖じゃん」
俺やミティの主導の元で製作し、ハイブリッジ男爵領内の街や村に配った杖だ。
その1本が、エレナの手にある。
なぜだ?
まさか、所有者がエレナに横流しをしたのか?
あれは魔法の素人が初めての火魔法を成功できるように、魔法補助を施した杖だ。
それを、俺の目の前でエレナが使っているということは――
(――もしかして、俺がハイブリッジ男爵だと気付かれたか? それとも、ただの偶然か……)
俺は内心で冷や汗を流す。
しかし、その心配は必要なかった。
「なによ、その顔は! 聞き捨てならないことを言ったわね? これがあなたの、ですって?」
「あ、いや……」
「この杖はとある村で譲ってもらったものよ! その村に火魔法の適性を持つ者がいなかったから、大金と引き換えに無理を言って譲り受けたの!!」
「なるほど……」
「ああ……。タカシ様が近くにいる気がするわ……。この杖がある限り、私は無敵なんだから!!」
エレナが恍惚とした表情で叫んだ。
タカシ様?
つまり俺のことだ。
(彼女は俺のファンだったのか?)
これは素晴らしい展開だ。
かつての俺はDランク冒険者で、彼女はCランク冒険者だった。
彼女は言わば格上の存在であり、俺に対してやや雑な態度を取ることが多かった。
しかし、今は違う。
彼女はCランク冒険者のままである一方で、俺はBランク冒険者となり男爵位まで授かっている。
さらにその上、彼女は俺のファンだと言うのだ。
(よし……。ここは俺もファンサービスをしてあげよう)
そう決めた俺は、エレナに声をかけることにする。
「おい、エレナ」
「なに!? 私のことはエレナさんと呼びなさい!! 別にあなたのことは嫌いじゃないけど、格下に呼び捨てされるのは気に入らないわ!」
「ふふふ……。そんな口を聞いていいのか? 俺は――」
ハイブリッジ男爵だ。
そう名乗ろうとした寸前で、気付く。
(あ、ダメじゃん。この場にはチンピラたちがいるんだぞ? こんなところで、ハイブリッジ男爵だってバラしたら大騒ぎになる……)
チンピラたちが俺の正体に気付いたら、間違いなく大騒ぎになるだろう。
その方がサーニャちゃんの安全度は高まるし、隠密小型船の完成も近づく。
ただ、ネルエラ陛下が重視している『ヤマト連邦への秘密潜入』というミッションを達成することが難しくなってしまう。
それは困る。
非常に困る。
「何よ? 何か言いたいことでもあるの?」
「いや、なんでもない……」
エレナの問いに、俺は歯切れ悪く誤魔化すことしかできない。
俺たちがそんな会話をしている間に、チンピラたちは戦闘態勢を整えたようだ。
「へへっ! この状況でのんきに話ができるとはな……。余裕があるじゃねぇか。その態度がいつまで続くかな?」
「舐められたまま引き下がるわけにはいかねぇぜ! 女だからといって容赦はしねえ! お前は性奴隷にしてやる!!」
「そうだ! 俺たち『ダダダ団』を敵に回したことを後悔させてやるぜ!!」
チンピラたちが叫ぶ。
こうして、エレナとダダダ団の戦いが始まろうとしていたのだった。
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