「それにしても、神なんてものが実在するとはな。驚いたよ」
俺はふと、空を見上げて呟いた。
雲の切れ間から覗く青い空が、どこか別の世界へと続いているように思えた。
「そうですか? 昔から『八百万の神』なんて言われていますよ。それに、神話や民話には神様がたくさん出てきますし」
紅葉の声は穏やかだが、その中には彼女なりの常識が根付いている。
この世界では神や霊的な存在が、日常と地続きにあるのだ。
「そうは言ってもなぁ……」
俺は腕を組んで考え込んでしまう。
自分がいた『日本』という国でも、そんな言葉はあった。
新年にはお参りする人も多い。
しかし、実際に神の存在を心から信じている者ばかりかというと、かなり微妙なところだ。
祈りはするが、果たしてその先に神がいると確信している人間がどれだけいただろう?
日本と大和連邦には文化面での共通事項が多いように感じている。
しかし、神々への態度という面では、段違いに大和連邦の方が信仰深い。
まぁ、当然と言えば当然とも言える。
この世界には妖術や魔法があるからな。
ひょっとすると、妖術や魔法だって科学のようにいずれ理論的に説明可能なものなのかもしれない。
だが、ぱっと見は不可思議極まりない現象ばかりだ。
炎を生み出し、空を飛び、傷を癒す力……。
神を信じるに至るもの自然である。
あの少女――いや、ツクヨミが本当に神であるのなら、彼女の存在もまた、この世界の理の一部ということなのだろうか。
「神様のことは置いておきましょう。それよりも、これからどうするかを考えるべきです」
紅葉の声が、現実へと引き戻してくれる。
その声音は、静かだが芯があり、何よりも冷静だった。
彼女の真剣な瞳に見つめられ、俺は一度深く息を吐いた。
ひんやりとした空気が肺を満たし、少しだけ澱んだ思考が晴れていくのを感じる。
「そうだな。深詠藩を支配下に置けたことに、俺は満足している。ツクヨミに配慮して、人質は取らなかったが……。本当に大丈夫だと思うか?」
俺の声には、わずかな不安が滲んでいた。
戦闘には勝ったが、勝利の余韻に浸る余裕などない。
裏切りの可能性や、思わぬ反撃、隠された陰謀――そんなものが心の隅をかすめる。
紅葉はその不安を察したのか、そっと微笑んだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!