「とれたぞ」
俺は、紅葉の唇の端に小さくくっついていた米粒を指先で摘み取った。
何気ない仕草のつもりだった。
だが、紅葉はまるで固まったように動かない。
そして次の瞬間、ぱっと顔を真っ赤に染めた。
「……あ、ありがとうございます……」
彼女の声は、消え入りそうなほど小さかった。
俯いたまま、ぎこちなく手を膝の上で握りしめている。
その様子が妙に可愛らしくて、俺は思わず首を傾げた。
「ん? どうした、紅葉?」
「い、いえ! なんでもありません!」
焦ったように顔を振る紅葉。
だが、どう見ても動揺しているのがありありと分かる。
「そうか。ならいいんだが……」
少し間を置いてからそう返した。
彼女の表情に影はない。
ならば、これ以上深く踏み込むのは野暮というものだろう。
俺は軽く肩をすくめ、手元に残ったおにぎりを口へと運ぶ。
米のほのかな甘みと、塩の加減が絶妙だ。
山の静けさの中、そよ風が優しく頬を撫でる。
遠くで鳥のさえずりが響き、それがまるでこの穏やかな時間の調べを奏でているかのようだった。
こんな風に、何も考えずただ平和を噛みしめるひとときが、ずっと続けばいいのに――そんな願いが、ふと胸をよぎる。
俺は最後のおにぎりを飲み込み、手を軽く合わせた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。高志様、お茶をどうぞ」
ふわりと立ち上る湯気とともに、湯飲みが差し出された。
俺はその細くしなやかな指先を見て、少しばかり心がくすぐったくなる。
「お、ありがとう」
湯飲みを受け取り、口元へと運ぶ。
湯気の向こうに、紅葉の穏やかな微笑みが見えた。
俺のアイテムボックスから取り出したお茶セットではあるのだが、こうして美少女に淹れてもらうだけで、不思議と味わいが増す気がする。
「ふぅ……。やっぱり緑茶はいいな」
湯の温かさが喉を通り、じんわりと身体に広がる。
心までほぐされるような感覚だった。
「はい。美味しいです」
紅葉もまた、小さく湯飲みを傾ける。
長い睫毛が伏せられ、彼女の横顔がどこか幻想的に見えた。
俺と紅葉は並んで腰を下ろし、ゆったりとお茶を啜る。
静寂と、時折風に揺れる葉のざわめき。
まるで世界がこの小さな空間だけを残して、そっと時を止めてしまったかのようだ。
ずっとこんな時間が続けばいいのにな……。
俺は思わずそんなことを考えるのだった。
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