今日は特に用事もない。
冒険者活動も休みとしている。
みんなでダラダラと過ごそう。
ガロル村の宿屋でダラダラとする。
しばらくして、来客があった。
「ミティさんはいますか?」
カトレアの声だ。
ミティが部屋の扉を開ける。
「カトレアさん。どうしましたか?」
ミティがそう言う。
カトレアに対して、特に隔意は持っていなさそうだ。
ミティが奴隷落ちしたのはカトレアのせいだ。
まあカトレアも霧蛇竜ヘルザムの犠牲者ではあるが。
普通なら、なかなか気持ちに整理がつかないところだろう。
ミティの器は大きい。
「改めて、ミティさんに謝りたくて……」
カトレアが思いつめた顔でそう言う。
ヘルザムを浄化した翌日に、彼女と村長によるミティたちへの謝罪は既に行われている。
それだけではまだ気持ちの整理ができず、改めて謝罪に来たというところか。
彼女が言葉を続ける。
「本当にごめんなさい。ミティさん。謝って済むことではありませんが……」
「いえ。魔物の影響なら仕方ありません」
「でも……」
謝るカトレアと、構わないと言うミティ。
第三者から見ると、もう問題は終わっているようにも思える。
しかし、カトレア本人は自分がしたことへの罪悪感が消せないのだろう。
気まずい雰囲気が流れる。
そこに、新たな客が現れた。
ダディだ。
「おーい、ミティ! おもしろい知らせがあるぞ! ……って、カトレアちゃんもいるのか」
「お邪魔しています」
「どうしたの? お父さん」
カトレアとミティがそう言う。
「これを見ろ!」
ダディが1枚の紙を出す。
ミティが内容に目を通す。
「えーと。淑女相撲大会、参加者求む……?」
「ああ! 例年は、5歳以下のちびっこ相撲大会と、年齢無制限の相撲大会しかなかったんだけどな。今年は、女性限定の相撲大会も開催されることになったんだ! ミティ、参加してみたらどうだ? せっかくだしカトレアちゃんも」
ちびっこ相撲大会。
10年以上前にミティとカトレアが優勝争いをした大会だ。
それとは別に、新たな枠組みでの大会が設けられたわけか。
「相撲かー。さすがにちょっと恥ずかしいな。タカシ様のお嫁さんになるわけだし、あんまり他の人にお尻は見せたくないな」
「そ、そうですわね。私もちょっと……」
ミティとカトレアが難色を示す。
「そのあたりはもちろん配慮されている! 服装は露出が少ないものが用意されているらしいぞ!」
ダディがそう言う。
「そうなの? それなら出てもいいけど。カトレアさんも出ますか?」
「そうですわね。子どもの頃を思い出して、出てみるのも悪くありませんわね」
ミティとカトレアがそう言う。
出場の方向性になりそうだ。
●●●
数日が経過した。
今日は淑女相撲大会の日だ。
相撲の服装は、確かにダディの言うように露出がさほど多くないものだった。
下はスパッツのようなズボンの上にまわし。
上は動きやすい普段着に近いもの。
露出は多くないが、これはこれでありだな!
「では、タカシ様。がんばってきますね。上位入賞者には賞品もあるそうなので」
「ああ。応援しているよ。無理はしないようにな」
ミティが土俵に向かう。
相手は30歳くらいの女性のドワーフだ。
ミティと相手が、土俵上でにらみ合う。
「はっけよい……。のこった!」
審判の人が開始の合図をする。
確か、日本の相撲での正式名は行司だったか。
ミティと相手が組み合う。
……この試合はミティの勝ちだろう。
ミティの豪腕に一度捕まってしまうと、簡単には抜け出せないからな。
俺でも抜け出せない。
実証済みだ。
「せえい!」
ミティが相手のまわしを掴んだまま、勢いよく投げ飛ばす。
「そこまで! 勝者ミティ選手!」
行司がミティの勝ちを宣言する。
やはり、ステータス操作の恩恵を受けているミティの前に、敵はない。
その後もミティは順調に勝ち進んでいった。
次がいよいよ決勝戦だ。
決勝の対戦相手はカトレア。
ニムやセリナも出場していたが、ミティやカトレアによって撃破されている。
それにしても、冒険者でもないカトレアが決勝まで残るとは。
少し予想外だ。
土俵の上で、2人がにらみ合う。
「いきますよ。カトレアさん」
「はい。ミティさん」
土俵に静寂が訪れる。
「はっけよい……。のこった!」
行司が開始の合図をする。
2人が組み合う。
……かに思われたが、そうはならなかった。
カトレアが華麗にジャンプしてミティの不意を突く。
これは何という技だったか。
八艘飛びか。
厳密には少し違うかもしれないが。
「はあ! どすこいどすこい!」
カトレアが張り手を繰り出す。
彼女はミティの怪力を警戒しているようだ。
まあ今日の試合だけでも何試合か観てきているだろうしな。
ミティとまともに組み合わないようにするのは、当然の判断だ。
「ぬ。ぬぬぬっ」
ミティが攻めあぐねている。
彼女は辛抱強く機を待つ。
カトレアの怒涛のラッシュ。
しかし、いつまでもは体力が続かない。
カトレアの攻め手が一瞬緩んだ。
「そこ!」
ミティがその隙を逃さず、すかさずカトレアのまわしを掴む。
「し、しまりました!」
謎の丁寧語でカトレアが焦るが、もう遅い。
ミティの豪力からは逃れられない。
「てえぃっ!」
ミティが力強くカトレアを投げ飛ばす。
カトレアの場外だ。
「そこまで! 勝者ミティ選手!」
行司がミティの勝ちを宣言する。
終わってみれば、ミティの順当勝ちだ。
本人の力量の高さに加え、ステータス操作の恩恵もたくさん受けているしな。
とはいえ、カトレアの力量もなかなかだった。
彼女が仕掛けてきた変化に、ミティはよく辛抱強く機を待ったものだ。
ミティがカトレアに近寄っていく。
「いい勝負でした。昔を思い出しました」
ミティがそう言って、手を差し出す。
「私も、昔を思い出しましたわ。私がミティさんと……。いえ、ミティちゃんと仲良くしていたころの。ちびっこ相撲大会でも、こんなふうに負けたね」
カトレアがミティの手を取りながら、そう言う。
「そうでしたね。カトレアさん。……いえ、カトレアちゃん」
「すっきりしたよ。私は腕力ではミティちゃんには敵わない。それに、鍛治でも敵わない」
カトレアが晴れやかな顔でそう言う。
「いや。そんなことはないよ……」
「取り繕う必要なんてない。でも、私にしかできないこともきっとあるはず。旅に出て、いろいろと見識を広めてみることにする」
「そう……なんだ。またどこかで会うこともあるかもね。楽しみにしているよ」
ミティとカトレア。
霧蛇竜ヘルザムによって彼女たちの関係は歪められてしまった。
今回の相撲大会をきっかけに、彼女たちの関係は無事に修復されつつあるようだ。
お互いの口調も崩れ始めている。
昔のような仲良しに戻れる日も、遠くないかもしれない。
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