ウォルフ村に到着して1週間が経過した。
今日、ウェンティア王国のディルム領から、借金の取り立て人が来る予定だ。
このウォルフ村は、サザリアナ王国の北西端とウェンティア王国の南東端の間にある。
ちょうど、国家に属していない空白地帯だ。
よく言えば独立地区だが、悪く言えば無法地帯とも言える。
気を引き締める必要がある。
村の入口付近で待機する。
ウォルフ村の村長に、その他大人の村人が数人。
ドレッド、ジーク、ユナ。
シトニ、クトナ。
そして、俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニムだ。
遠くから馬車が近づいてきているのが見える。
3台の馬車だ。
中央のやや豪華な馬車を囲むように、他の2台が位置している。
あれに取り立て人が乗っているのかもしれない。
馬車が村の入口に到着し、停止する。
中央の馬車から人が降りてくる。
「ふん。相変わらず、辺鄙なところにある村だ」
降りてきた人がそう言う。
ヒゲをはやした少し偉そうな人だ。
年齢は30代くらいか。
すぐ側には、メガネをかけた理知的な男と、筋肉ムキムキの大男が控えている。
大男は、奴隷用の首輪を付けている。
「おい。借金の利息を取り立てに来てやったぞ。このオレ自らな」
「これはこれは。ディルム様。わざわざありがとうございます」
ウォルフ村の村長がそう言う。
このヒゲを生やした少し偉そうな人が、借金の貸主であるディルム子爵本人であるようだ。
わざわざこんな辺境の村までやってくるとは。
暇なのだろうか?
「さあ、金貨500枚だ。さっさと払え。支払えないのなら、代わりとなるものを差し出してもらおうか」
ディルム子爵がそう言う。
代わりとなるものとは、具体的に言えば奴隷のことだろう。
赤狼族は、高い戦闘能力を持つ少数種族だ。
奴隷としての相場も高いはず。
「いえいえ。待っていただいたおかげで、何とかかき集めることができました。……ユナ。金貨をお渡ししなさい」
村長の指示に従い、ユナが金貨の入った袋を用意する。
ディルム子爵の従者がユナからそれを受け取る。
彼が袋の中を確認する。
「た、確かに、金貨500枚ほど入っているようです。正確な数は確認の必要がありますが……」
「なにっ!? バカな……。どこからそんな金が……」
従者の言葉に、ディルム子爵がそう驚きの声をあげる。
「ふふん。なんだっていいでしょう。とっととそのお金を持って、帰りなさい。もうこの村には関わらないでよね」
ユナがそう言う。
子爵相手に、強気な発言だ。
もう少し丁寧な言葉遣いのほうがいいんじゃないかな。
相手は他国の貴族だから、直接の上下関係はないとはいえ。
「…………! おい、シエスタ。この村の借金はあといくらだった?」
「はっ。あと、金貨500枚だったかと記憶しております」
ディルム子爵の問いに、メガネをかけた理知的な男がそう答える。
彼の名前はシエスタというようだ。
借金の残り金額は金貨500枚。
ユナやドレッド、それに村長たちもそう言っていたし、たった今シエスタもそう答えた。
金貨500枚で間違いないはずだ。
「計算違いということもあるだろう。もう1度計算してみろ」
「……! ははっ。計算をし直します」
ディルム子爵の指示のもと、シエスタが計算をやり直し始める。
このタイミングで?
「……ええと。残り金貨1000枚ですな。私としたことが、計算を間違えていたようです」
「ふん。そういうわけだ。この村の借金は残り金貨1000枚。今渡されたのは、金貨500枚。足りないようだが?」
ディルム子爵がそう言う。
「なっ! そんなバカな理屈が通るわけ……」
「おう。ふざけんじゃねェぞ!」
ユナとドレッドが憤った顔でそう言う。
村長は唖然とした顔をしている。
俺も驚きだ。
そんなバカな話があるか。
「ふん。借用書はこちらにある。踏み倒すのであれば、ウェンティア王国法に基づいて強制執行するまで。そもそもこの地はどの国家にも所属していない無法地帯だしな。賢い選択を期待しているぞ」
「ぐっ。ふざけたことを……!」
ユナが悔しそうにそう言う。
マジか。
こんなムチャクチャが通されてしまうようだ。
やはり他国とはいえ子爵という身分には逆らえないというところか。
それとも、ガチで計算違いをしていたのだろうか。
「なに。オレも鬼ではない。計算違いの詫びを兼ねて、特別に割り増し料金で奴隷を買い上げてやろうではないか」
ディルム子爵が舌なめずりをしながらそう言う。
「そうだな。そこの娘。そいつなら、特別に金貨1000枚で買い取ってやろう。これなら、借金を返してもお釣りがくるだろう。破格だぞ?」
ディルム子爵がこちらの1人を指差してそう言う。
指を差されたのは……シトニだ。
テイマー姉妹の姉。
おっとりしているほうだ。
「ひっ!」
指を差されたシトニが、びくっとして怯えた様子を見せる。
「そ、そんな……。ご無体な……」
「そんなこと、受け入れられるはずがないわ!」
村長とユナがそう言う。
「ふん。まあ、突然のことで受け入れられないか。力づくで徴収してやってもいいが……。なあ? ジャンベス」
ディルム子爵がそう言って、筋肉ムキムキの大男のほうを見る。
この大男は、ジャンベスという名前らしい。
「……指示があれば、俺はそれに従う……」
ジャンベスがそう言う。
なかなか強そうな雰囲気がある。
奴隷として、ディルム子爵の護衛を務めているといったところか。
俺たちは警戒態勢に入る。
ジャンベス以外に強そうな人は……。
兵士たちの上官っぽい人は、なかなか強そうだ。
体格も大きい。
「……ふん。まあいい。計算違いの詫びを兼ねて、再びしばしの猶予を与えようではないか」
「さすがはディルム様。お優しい。……おい、獣人ども。ディルム様のご厚意に感謝するんだな」
シエスタがそう言う。
元はと言えば、お前が計算違いをしたせいだろうが。
「1週間だ。その間に、おとなしくそこの娘を引き渡す覚悟を決めておくことだ。抵抗するならば、次こそは強制執行するぞ」
ディルム子爵がそう言う。
そして、シエスタやジャンベスたちと馬車で引き上げていった。
とりあえず今日のところの危機は去った。
しかし、問題は解決していない。
「ふふん。ムチャクチャね」
「うむ。どうしたものか……」
「おう。頭の痛ェところだな」
ユナ、村長、ドレッドがそう言う。
彼女たちとしても、今回のディルム子爵の対応は想定外だったようだ。
次にディルム子爵たちが来るのは1週間後。
それまでに、何らかの対応策を練る必要がある。
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