「ほう……ここが湧火山(わかやま)か」
俺は、近麗地方の南部に位置する湧火山藩に足を踏み入れていた。
ここは桜花藩の南隣にある藩だ。
広がる山々と、どこか乾燥した空気がこの地の特徴を際立たせている。
「でもよ、兄貴。本当に桜花藩を放っといて平気なのか?」
隣を歩く流華が心配そうに口を開く。
この地には、俺と流華の二人だけで来た。
紅葉も桔梗も、無月も早雲も、さらには景春や幽蓮までもが桜花城に残っている。
男2人だけのぶらり旅だ。
「別に放ったらかしにしてるわけじゃないさ」
俺は肩をすくめて答える。
「こうして隣の藩を“征服”――じゃなくて“視察”するのも、桜花藩のためだ」
半分は嘘だが、半分は本当だ。
桜花城を手中に収めた今、桜花藩の統治体制に大きな問題はない。
景春がかつて行った『思いつき増税』の改訂作業も、俺が手を貸すまでもなく彼女自身が進めている。
今の城主は景春ではなく俺だが、別に景春の全権限を奪う必要もない。
景春が俺の側近であり、同時に俺の女でもある以上、適度に彼女を頼るのは得策だ。
その結果として、俺は暇人ニート城主になってしまった。
記憶喪失の俺だが、どうやら以前の俺は無職かそれに近い存在だったらしい。
暇であることに一切の抵抗感や罪悪感はなかった。
紅葉や桔梗と酒池肉林の日々を送ることも可能だっただろう。
だが、俺にはやるべきことがある。
失った記憶の復元だ。
桜花城を攻め落とすというミッションを達成したにも関わらず、記憶に関する手がかりは何も得られなかった。
そんな状況に俺自身が焦り始めた矢先――新たなミッションが追加されたのだ。
ミッション
近麗地方一帯を掌握し、支配しよう
報酬:スキルポイント20
報酬の中に「記憶復元」という文言は含まれていない。
しかし、こういったミッションそのものが特異な存在である以上、これに従うことで記憶に関する何かが得られる可能性はあるだろう。
前回のミッションが空振りに終わったとはいえ、どうせ他に行動の指針となるようなものはないんだ。
これに従って行動するのも悪くはないだろう。
近麗地方は6つの藩と1つの島で構成されている。
桜花藩、湧火山藩、那由他藩、深詠藩、翡翠湖藩、死牙藩、虚空島だ。
このうち、深詠藩と死牙藩は桜花藩に面しておらず、虚空島はそもそも上空に浮遊しており通常の手段ではたどり着けない。
消去法で残ったのは、湧火山、那由他、翡翠湖の3つ。
その中から俺の直感で選ばれたのが湧火山というわけだな。
「ま、気軽に行こうぜ。湧火山藩の観光のつもりでさ」
俺は振り返って流華に説明する。
「了解だぜ、兄貴。けど……ただの観光で終わるのか? 兄貴一人でも、やる気満々だろ」
流華は苦笑しながら言ったが、俺は肩をすくめるだけだった。
確かに、ただの下見では終わらない可能性もある。
湧火山藩でいった何が待ち受けているのか、楽しみだ。
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