ゾルフ砦の宿屋で一泊した俺、モニカ、ニム。
俺たちはオルフェスへ旅立つべく、一般人向けの馬車の停留所を訪れた。
せっかく見つけた空席は、予約済みだと御者に断られてしまった。
それだけならまだしも、その予約主であるチンピラが俺にイチャモンをつけてきたのだ。
「おいおい、しらばっくれてんじゃねぇぞ?」
男が凄んでくる。
どうやら簡単には引き下がってくれそうにない様子だ。
「本当に違いますよ。勘違いです」
俺は努めて冷静に反論する。
ここで動揺したら相手の思う壺だ。
この男は恐らく、何かしらの目的があって俺に絡んできたのだろう。
「うるせぇ! 一発ぶん殴らせろ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いて……」
「ゴチャゴチャうるせぇ!! おらぁ!!!」
「ぶへっ!!」
次の瞬間、男の拳が俺の顔面に炸裂した。
俺は派手に吹っ飛ばされ、地面に転がる。
口の中が切れたらしく血の味がするが……まぁ問題ないな。
治療魔法ですぐに回復できる。
そもそも普段通りに闘気を纏っていれば、逆に彼の拳がダメージを受けていただろう。
場合によっては拳が砕ける可能性もあったはずだ。
そんなことにあれば目立ってしまうので、今は敢えて闘気を纏っていないわけだが……。
「はっ! ザコが! これに懲りたら二度と調子に乗るんじゃねえぞ!!」
そう言って、男が凄む。
周囲の人々は、何事かとざわついている。
中には、ひそひそと話す者もいた。
(ちっ、面倒なやつに目をつけられたな……)
まさかこんなところで絡まれるとは想定外だった。
目立ちたくないのに……。
「それはそうとしてよぉ……。嬢ちゃんたち、悪くねぇ顔をしてんじゃねぇか! こんなザコにはもったいねぇ女だ!!」
男が今度はモニカとニムの方に視線を向ける。
なるほど。
最初から、彼女たちが目的だったか。
「2人だけなら乗せてやってもいいぜ? 俺の股間の上に座らせてやるからよぉ……!」
下卑た笑みを浮かべ、腰をクイクイと動かす男。
最低だなこいつ……。
というか、よく見るとあの馬車に乗っている他の客たちもニヤニヤしながらこちらを見ている。
こいつら、ひょっとして――
「ヨゼフの兄貴、そろそろ時間ですぜ! 出発しましょうや!」
「おっと! もうそんな時間か! 今いいところだったのによぉ!」
御者の男に呼ばれ、チンピラは馬車に乗り込んでいった。
そして、こちらを振り向いて言う。
「ま、そういうことだ。じゃあな、腰抜けども!」
そのまま走り去っていく馬車を見送る俺たち3人。
少しイラッとしたが、結果的には穏便に乗り切れたな。
「大丈夫か? 2人とも」
俺は振り返りながら尋ねる。
チンピラに絡まれて怖い思いをしたかと思ったが――
「は、はい。問題ないです」
「今さらあんな人たちにビビったりはしないよ」
ニムもモニカも余裕の表情だった。
2人ともそれなりに修羅場をくぐってきたからな……。
今の彼女たちは、軽装だ。
ミティに作ってもらった一級品を身に着けていない。
しかし、闘気や魔力を開放すればあんなチンピラなんか、どうとでもなるというわけだ。
「それよりさ、たっちゃん。耳を澄ませてみて。あの馬車で、変な会話をしているみたいだよ」
「ん? ああ、分かった」
モニカの指示に従い、俺は聴覚に意識を集中する。
聴覚強化のスキルを持っている俺は、常人よりも優れた聴力を持っている。
さすがに兎獣人のモニカよりは下だが、まだそう遠くないところを走っている馬車上での会話を聞き取ることはギリギリ可能だ。
『へへっ。マヌケな野郎だったぜ。もう少し時間がありゃ、あの嬢ちゃんを俺の腰に跨がらせていたんだがな』
『勘弁してくださいよ、ヨゼフの兄貴。ゾルフ砦にはまだ勢力を伸ばせていないんですから。目立つのは避けてくだせぇ』
『分かってるって。それよりも、どうして俺がオルフェスに帰る必要があるんだ? せっかくゾルフ砦にも勢力を伸ばしている最中だったのによぉ』
『オルフェスで、俺たちのことを嗅ぎ回っているCランクパーティがいるんですよ。”三日月の舞”とかいう女3人組らしくて……』
『なるほどな。そいつらを俺がボコボコにすればいいわけだ!』
『ええっと、ヨゼフの兄貴はいざというときの武力担当ですね。基本方針は、奴らを合法的に借金漬けにして奴隷に堕とす感じです』
『へへっ。楽しみだなぁ……! お高く止まった女を性奴隷にする瞬間ってのは最高だぜ……! よし、お前。オルフェスまでとばせ!!』
どうやら、彼らはオルフェスに向かうらしい。
それにしても、聞き捨てならない会話だったな……。
「どう思う? マイハニー」
「オルフェスの治安は相当に悪化してそうだね。完全な無法地帯ってほどでもなさそうだけど……」
俺とモニカは感想を言い合いつつ、ニムとも情報共有をする。
先ほどのチンピラのリーダー格はヨゼフで、御者や他の乗客も含めてマフィアの一員らしい。
彼らのような無法者が好き勝手している時点で、オルフェスの治安は悪そうだ。
まぁ、Cランクパーティがマフィア摘発のために動き回っているぐらいだから、完全崩壊というほどでもなさそうだが……。
ネルエラ陛下の命によって、小型隠密船も建造中のはずだし……。
「やれやれ。オルフェスに着いたあとも、気が抜けそうにないな……」
俺はため息をつく。
そして、代わりの馬車を何とか見つけてオルフェスに向かうのだった。
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