「かなり遠いな……」
俺はつぶやく。
それを聞いたカゲロウが、大きくうなずいた。
「そうなのだ……。ここから桜花城まで、かなりの距離がある。千里とまでは言わぬが、軽く百里以上は離れているだろうな」
「百里以上か……」
俺は思わずうなる。
彼女が言う『里』とは、ヤマト連邦における距離の単位だ。
先ほど聞いた話によると、一里はおよそ4kmだと思われる。
百里は、おおよそ400kmだな。
地球の日本において、佐賀県と大阪府の直線距離はおよそ500kmほどだったはず。
この世界の大和連邦における佐京藩から桜花藩までの距離感も、同じようなイメージになりそうだ。
「百里なら、徒歩で10日間ぐらいの距離か……?」
俺はつぶやく。
江戸時代の人は、一日あたり30~40kmを移動したという話を聞いたことがある。
時速4kmで8~10時間ほど歩くイメージだな。
この世界においても、一般人の移動速度は同じくらいか少し速い程度だろう。
少し速い……というのは、この世界には闘気や魔力という不可思議な力があるからだ。
同じ一般人同士を比較しても、こちらの世界の住人の方が身体能力がやや高く、それに伴って移動速度も向上すると思われる。
一日あたり50kmぐらい移動できても不思議ではない。
「いえ、十日間での到着は難しいでしょう」
「どうしてだ? イノリ」
「順路の問題です。ここから桜花藩に向かうためには、まずは海を渡る必要があります」
「ふむ……。その通りだな」
俺はもう一度、先ほどのメモ書きに視線を向ける。
北北
北北北北
北北北北
北北
北北
北北北
北北北
中中北北
中中中漢漢
現九九 重重近近中中中漢漢
九九九 重重近近近中中漢漢
九九 桜近中中
九九 四四 近近
九九 四四
現……現在地
桜……桜花藩
「確かに、海路には危険もあるだろう。だが、それは陸路も同じ。海路だけを過度に危険視する必要はないのでは?」
「油断は禁物です。異国の海は知りませんが、大和連邦の海は危険でいっぱいですので」
「ふむ……。イノリが言うなら、そうなのだろうな。北回りや南回りで『近麗』に直接向かうのは避けた方がいいか……」
「ええ。荒々しい自然が残る『重郷地方』か、四つの聖なる山がそびえ立つ『四神地方』か。そのどちらかを選択せざるを得ません」
イノリはそう説明しながら、地図を指し示してくれた。
現代日本で言えば……。
九州から中国地方を通って近畿地方に向かうか。
九州から四国を通って近畿地方に向かうか。
そのどちらを選ぶかという話だ。
「どっちがオススメだ?」
「どっちもお勧めできんな」
俺の問いに、カゲロウが即答する。
彼女は地図を睨みつけていた。
「イノリ殿が言った通り、大自然や聖山が待ち受けている。慣れた侍ですら遭難する危険がある。それに……」
「それに?」
「それぞれの藩主が黙っておらん。高志殿は、異国からの侵入者だからな。顔立ちだけで看破されることはないだろうが、少しばかり雑談でもすれば、すぐに怪しまれてしまう」
「まぁ、そうなるな……」
俺は素直にうなずく。
黒髪黒目の俺は、ヤマト連邦の住人と近い顔立ちをしている。
ヤマト連邦には鎖国以前から住んでいるエルフなどもいるし、顔立ちだけで異国人だとバレることはないだろう。
しかし、ふとした雑談が命取りになったりする可能性は高そうだ。
「どうすればいいんだ……」
「任せろ。私に策がある」
頭を抱える俺に対して、カゲロウが胸を張ったのだった。
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