闇の瘴気を帯びた狂戦士が暴れ出そうとしている。
こうなってしまっては、普通の治療魔法使いにできることはない。
まずは逃げることが重要だ。
リリアンは俺を逃がすべく、狂戦士と俺との間に割って入ってくれた。
「さぁ、早くお逃げください! 私でも、肉壁ぐらいにはなれますから……!」
「いや……。逃げる必要はない」
「え……?」
俺の言葉にリリアンが呆然とした表情を浮かべる。
そんな彼女に構わず、俺は前へと進み出た。
「ナイトメア・ナイト様!? お、お待ちください!!」
「安心しろ。俺に任せてくれ」
俺は狂戦士に向かっていく。
そんな俺を標的と認識したのか、彼は勢いよく襲い掛かってきた。
「ジャマダァ!!」
狂戦士は手に持った銛を突き出す。
それは見事に、俺の腹部に命中した。
「いやぁっ! ナイトメア・ナイト様ぁああっ!!」
リリアンは悲鳴を上げる。
非常に錯乱した様子だ。
「しっかりしてくださいっ! すぐに治療魔法をかけますから……!!」
彼女は無我夢中で魔力を集中させていく。
その評定は、今にも泣きそうな感じだった。
「あなたはこれから……たくさんの人をお救いになられるはずです……! こんなところで……こんな無残な最期を迎えていい御方ではありません……!!」
リリアンは嗚咽を漏らした。
まるで自分のことのように悲しんでくれている。
普通に考えて、腹を貫かれたのならば致死性のダメージがある。
迅速に治療魔法を行使しなければ、死に至ってもおかしくはない。
だが――
「心配するな。刺さってなどいない」
「え……?」
「ナっ!?」
俺の冷静な一言に、リリアンと狂戦士は驚愕する。
彼らの視線の先には、何事もなかったかのようにたたずむ俺の姿があった。
銛は確かに、俺の腹部に命中した。
だが、俺の腹筋を貫けるかはまた別の話である。
チートスキル『ステータス操作』などによって強化された俺の肉体は、そこらの銛では貫けない。
「さて……」
俺は銛を握りしめる。
そして、そのまま力を込めた。
「ナニッ!?」
狂戦士は驚愕の声を上げる。
彼は戦士だし、それなりに鍛えてはいるのだろう。
しかし、俺にはかなわない。
俺は力任せに銛を引っ張る。
狂戦士の手から、あっさりと銛は離れた。
「そんなバカな……! ナンダそのパワーは!?」
自分の武器を失ったことで、彼は愕然としている。
その隙に、周囲の戦士たちが彼を取り押さえた。
これで、とりあえずひと安心だ。
「ナイトメア・ナイト様! お怪我は!?」
リリアンが慌てた様子で寄ってくる。
その目には、心配そうな色が浮かんでいた。
「俺は大丈夫だ。どこも怪我はしていない」
「よかった……! 本当に良かった……!!」
リリアンは心底ホッとしたような表情を浮かべる。
そんなリリアンとは対照的に、狂戦士は拘束を振りほどこうと必死だ。
「クソッ! 放せ! コノヤロウども!!」
「ナイトメア・ナイト様……。あの戦士はどういたしましょう? もう元には戻らないのでしょうか……?」
リリアンは狂戦士に目を向ける。
彼女は複雑な表情だった。
「闇の瘴気を浄化するには、聖魔法が有効だ。里に使い手はいないか?」
「聖魔法……? 申し訳ありませんが、聞いたことがありません……。国王陛下や元老院の方々なら、ご存じかもしれませんが……」
「そうか。まぁ、別に構わんさ」
俺は首をコキコキと鳴らしながらそう言った。
そして、狂戦士に向き直る。
「聖魔法は俺も使えるからな。俺が責任を持って、こいつを浄化してやろう」
俺は静かに、そう告げたのだった。
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