「……知ってる天井だ」
俺は目を覚ます。
そして、お約束の言葉を口にした。
「ここは……俺の自室じゃないか。まさか、俺の異世界冒険は、夢オチだったのか!?」
俺は頭を抱えて絶望する。
ミティやアイリスとの愛情は?
モニカやニムとの熱い夜は?
ティーナやドラちゃんと育みつつあった愛は?
これら全てが夢オチだったのか!?
いや、でも夢にしてはやけにリアルだったような……。
それに、メチャクチャ長かったし……。
「うぅ……。ミティぃ……」
俺は泣きそうになる。
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「タカシ君、起きてる?」
扉越しに誰かの声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
母ちゃんではない。
ミティやアイリスでもない。
ニムやモニカの声でもない。
「……千秋か?」
俺は声の主を推測する。
「うん、そうだよ」
部屋の扉が開けられた。
やはり、俺の推測は間違っていなかったらしい。
「おはよう、たかし君」
「おはよう、千秋……」
俺の目の前には、黒髪の少女が立っていた。
彼女は俺の幼なじみの千秋。
セーラー服を着用しており、清楚系の女子高校生といった出で立ちだ。
「お前、その服は……」
「なぁに? 変なところでもある?」
千秋が俺の顔を下から覗き込むようにして、そんなことを言ってくる。
とても可愛い。
その姿自体に違和感はない。
あるとすれば、時系列がおかしいことくらいだ。
(千秋は俺と同じく、成人済みだったはず……。つまり、これは昔の夢か……)
俺はそう結論付けた。
記憶が正しければ、俺は20代で無職だったときに異世界へ転移した。
そこでミティやアイリスと出会い、そろそろ3年が経過しようとしている。
当然、俺と同い年の千秋もとっくに成人済みだ。
セーラー服を着ているのはおかしいし、顔立ちも明らかに幼い。
間違いなく、高校生時代の夢だろう。
「ねぇ、どうしたの?」
千秋は問いかけてくる。
俺はすぐに首を横に振った。
(まぁ、細かいことはどうでもいいか……)
夢の中とはいえ、せっかく幼なじみと再会できたのだ。
余計なことを考える必要はない。
俺は千秋に問いかける。
「いや、何でもないよ。それよりも、せっかく俺の部屋まで来てくれたんだ。何か用があるんだろ?」
「うん! そろそろ起きる頃かなと思って、おはようのチューしに来たの!」
「チューって、お前な……」
俺は苦笑する。
夢の中とはいえ、なかなかに可愛いことを言ってくれるじゃないか。
これは高校時代の夢だろ?
俺と千秋は幼なじみとして仲が良かったが、さすがにそこまでの仲にはなっていなかった。
せいぜい、手をつなぐぐらいだったはず……。
もっと仲を深めるのは卒業後と考えていたが、その後いろいろとあって――
「んっ……」
千秋が俺の首に両腕を回し、キスをしてきた。
俺は思考を中断させられる。
そして、また別の疑問が浮かんできた。
(いや、これ本当に夢か?)
違和感がある。
千秋がやけに積極的なのは、俺の願望が夢に表れた結果だろう。
だが、このキスの気持ちよさは……。
夢って、こんなにハッキリとしたものだっけ?
「んっ……はぁ……」
千秋が唇を離す。
彼女の顔は少し上気し、トロンとした表情になっていた。
「えへへ……。たかし君、好きだよ」
千秋は幸せそうな笑みを浮かべている。
あぁ……、可愛いな。
俺はそう思う。
どうして、転移前の俺は千秋を幸せにしてあげられなかったのだろう?
たとえチートの力がなくとも、1人の女を幸せにするぐらいなら何とかなったんじゃないか?
後悔の念が押し寄せてくる。
だが、今ここでそれを考えても仕方がない。
過去は変えられない。
「たかし君……。お願いがあるの……」
「ん? どうした?」
千秋が何かを言いたそうにしていた。
俺は彼女の言葉を待つ。
「わたしを……助けて」
「助けてって……。どういう――っ!?」
俺が聞き返そうとしたとき、俺の首に回されていた千秋の腕が外れた。
俺は後ろに倒れ込む。
そして、千秋が悲しげな表情で、俺を見下ろしていた。
「たかし君……。また会いたいよ……」
そう口にすると、彼女は俺に背を向けた。
(ちょ、待てよ!)
俺は起き上がろうとする。
だが、身体が動かない。
金縛りにあったように、俺の身体は硬直していた。
(くそっ!)
俺は必死にもがく。
かろうじて動いた右手が、千秋のセーラー服の裾を掴んだ。
……ように思えたのだが、彼女は止まらない。
(なんでだよ……)
俺は何もできないまま、その場で呆然とする。
だが、次第に視界はぼやけていった。
(待ってくれ! 千秋!!)
俺の心の叫びもむなしく、視界はそこで暗転したのだった。
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