自宅の庭でゆっくりしていたところ、リンの目の治療をしようという話になった。
俺とアイリスは、治療魔法をレベル4にまで伸ばしている。
それに、合同魔法も使える。
少し前までは、治療魔法と言えば俺やアイリスだった。
しかし今は、それ以上の腕を持つ者がいる。
サリエだ。
彼女の治療魔法はレベル5に達している。
まずは彼女に挑戦してもらおう。
「では、さっそく頼めるか? サリエ」
「ええ。しかし、その前に室内に移動しておきましょう」
「ん? なぜだ?」
治療魔法を発動するだけなので、今のまま屋外でも問題ない気がするが。
「もし無事に治療に成功すれば、屋外の眩しさは目に悪いからです。気にしすぎかもしれませんが……」
「なるほど、一理あるな。念のため、中に入って試すか」
サリエはステータス操作によって治療魔法をレベル5にした。
チートに頼り切ってただスキルを上げただけではなくて、もともと治療魔法や医学の勉強を進めていた。
このあたりの配慮も行き届いている。
俺が自身の治療魔法をレベル5まで伸ばしていたら、普通にこの場で治療魔法を試みていた可能性が高い。
さすがはサリエだ。
俺、サリエ、アイリス、リン。
4人で室内に向かう。
来客用の応接室に入った。
リビングでもよかったが、デリケートな治療なので人があまり来ない部屋を選んだ感じだ。
「よし。今度こそよろしく頼む。リンも、不安だろうががんばってな」
「は、はいぃ。よろしくお願いしますぅ」
リンが涙目で震えながらそう言う。
今から行うのは治療なのでそこまでビビる必要はないのだが。
ドリンクをこぼしたときも過剰に怯えていたし、彼女の弱気な気質はなかなか直りそうにない。
「では、始めますね」
サリエがキリッとした顔つきになる。
そのまま治療魔法の詠唱を始める。
「我らが創造主よ。我らにひと欠片の恩寵を与え給え。癒やしの光。全てを包み込む聖なる力よ。オールヒール」
大きな癒やしの光がリンの目を覆う。
「……ううう。あ、ああ……。ひいいぃ……」
リンがうめき声を上げる。
違和感が強いようだ。
しかし、特に暴れたり苦しんでいるわけではないので、このまま続けても問題ないだろう。
そのまま治療魔法が継続される。
しばらくして、治療の光が収まった。
「どうですか? リン」
サリエがそう問う。
彼女は優しく丁寧な性格だが、目下の者には適度に厳しく接する。
男爵家の娘としてきちんとした教育を受けてきたのだろう。
「み、見えます! 右目でも見えます! サリエさまの顔が!」
リンがすぐそばにいるサリエの顔を見て、興奮気味にそう言う。
無事に治療に成功したようだな。
「おめでとう、リン。俺の顔も見えるな?」
俺はそう言う。
俺の位置は、サリエよりも少しだけ遠い。
ソファに座って彼女の様子を見守っていた。
「え、ええっとぉ……」
リンがこちらに歩き出す。
なぜ近寄ってくる?
「あ、あうっ!」
リンがソファに足を引っ掛け、バランスを崩す。
そのまま俺のほうに倒れ込んでくる。
俺は正面から彼女を抱き支える。
軽い。
確か、まだ7歳ほどだったか。
「だいじょうぶか?」
「は、はいぃ。すみません、すみません」
リンが非常に恐縮した様子で謝罪する。
別にコケた程度で怒ったり叱ったりするつもりはないのだが。
「それで、なぜわざわざこちらに近づいてきたのだ?」
「あ、あそこからではご主人さまのお顔が見えづらかったので……。ここからなら、見えますぅ」
リンが俺の顔を近くから見据え、そう答える。
失明同然の視力からは回復したが、まだずいぶんと近視のようだな。
先ほどまで彼女がいたところから俺までは、2~3メートルぐらいしか離れていないのだが。
その距離の人の顔が識別できないとなると、視力としてはずいぶんと低い。
「なるほど……。まだまだ改善の余地はあるようだ」
「すみません。今の私の治療魔法では、これが限界だと思います……」
サリエが申し訳なさそうにそう言う。
「いや、サリエの治療魔法は十分だった。そこに文句など一切ないぞ。よくやってくれた」
「ありがとうございます。念のため、もう一度掛けてみましょうか? 今よりも少しだけなら改善が可能かもしれません」
サリエがそう言う。
同じ治療魔法でも、複数回掛けることで効果は若干増す。
俺の治療魔法も、今までいろんな人に複数回掛けてきた。
「それもいいけど……。それなら、3人で練習していた”あれ”をやってみようよ」
傍らで様子を見守っていたアイリスがそう口を挟む。
「”あれ”か。まだ練習中だが……。サリエはどう思う?」
「やってみる価値はあると思います。基本は治療魔法ですし、失敗しても悪影響はないはずですので」
火魔法のような攻撃魔法の場合、合同魔法の制御に失敗すれば暴発の危険がある。
一方で、治療魔法の場合は多少制御に失敗しても大惨事になる可能性は低い。
ダメでもともと、やってみる価値はあるだろう。
「リン、さらなる治療魔法を掛けるからソファでおとなしく座っていてくれ」
「は、はいぃ。よろしくお願いしますぅ」
リンがおどおどとソファに座る。
さて。
無事に成功するかどうか。
集中して臨むことにしよう。
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