(よし、手頃な小石があった)
俺は道に落ちている2つの小石を手に取る。
そして、重力魔法を使って静かに上空に浮かせた。
この地方に来てから重力魔法が不調だが、このぐらいの重量と距離なら問題ない。
俺はそのまま、中年侍と若い侍の頭上に小石を待機させる。
「む? 今、何か動いたか?」
「さぁ……? 風のせいじゃないっすか?」
二人が呟く。
さて、そろそろだな……。
(くらえっ……! 【メテオ・フォール】!!)
俺は心の中で叫ぶ。
次の瞬間、浮かんでいた小石が重力に引かれて落下した。
俺が重力魔法を解除した結果だ。
「うわっ!? い、痛てて……」
小石の片方は、若い侍の頭部に直撃した。
当然の結果だろう。
頭上から小石が突然降ってきたら、回避は困難だ。
別に彼が無能というわけではない。
若い侍は、頭を押さえてうずくまる。
さほどの重量はないし、死んだりはしないはずだ。
一方、中年侍の頭上から落ちていった小石は……
「――はっ!!」
中年侍が刀を抜き放つ。
そのまま、凄まじい速度で小石を両断した。
「む……? ただの小石か……?」
真っ二つになった小石は地面に落下し、カランと音を立てる。
中年侍は訝しげな様子で周囲を見回した。
「いてて……。くそ、なんだってんだ……」
若い侍は後頭部をさする。
不意打ちを受けたのに、ややのんきな反応だ。
「おい! 気を抜くなとあれほど言っただろうが!!」
「い、いやいや……。集中していても、急に石が降ってきたら対応なんてできませんって」
「言い訳するな! まったく、お前ときたら……」
中年侍は若い侍を怒鳴りつける。
また説教が始まったようだ。
仕事に対する意識だけではなく、実力自体にも大きな差があるらしい。
ま、若い侍を責めるのは酷だろう。
どちらかと言えば、中年侍の方を褒めるべきだ。
突然頭上から降ってきた小石の存在に気づくだけじゃなくて、それを一刀両断にするとは……。
ちょっと驚きだ。
「今度の休日、また稽古をつけてやる! 覚悟しておけよ!」
「うへぇ……。勘弁してくださいよ……」
若い侍は項垂れる。
そんな二人のやり取りを俺は桜花城側から観察していた。
そう、侍所の手前ではなく、桜花城のすぐそばだ。
(うまくいったな)
俺は小さくガッツポーズを決める。
侍たちの頭上から小石を落とした後、俺は『インビジブル・インスペクション』状態を維持したまま素早く移動した。
警戒中の彼らの目の前を通り過ぎるのはさすがに無理だっただろう。
だが、頭上の小石に気を取られている間に移動するのは難しくなかった。
(さてと……)
俺は桜花城を見上げる。
立派な城だ。
深い堀と高い塀に囲まれており、普通なら城に入るのも一苦労だろう。
だが、侍所前を通過して正面から入るのならば話は別だ。
堀には橋がかかっているし、塀には門がある。
門自体は閉じられているものの、誰かが入るタイミングでは開くはずだ。
その時を狙えば、城内に侵入することは可能だろう。
(……よし、行くか)
俺は『インビジブル・インスペクション』を維持しながら、時を待つ。
そして、出入りする女中に紛れ、桜花城内に侵入したのだった。
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