ニルスやハンナたち一行が故郷の村に到着して数日が経過した。
一行は、村の者たちから大いに歓迎された。
そして、彼らが持ってきた食料は無事に配分され、村の食料事情は急速に改善していった。
また、ハイブリッジ家によって品種改良された作物の種や苗木も提供した。
食料不足に対する一時的な応急処置ではなく、継続的な改善も可能だろう。
もちろん、タカシ=ハイブリッジ騎士爵からこの村が属する領主へ事前に根回しも行われている。
「ふう。畑の整備はこんなものかしらね」
「そうだな。十分だろう」
ハンナの言葉に、ニルスが同意する。
2人は現在、村の北側に広がる農地で作業を行っていた。
彼らは、ハイブリッジ家で研究された最新の農業技法を村長たちと共有している。
それらの内、一部の内容についてはすぐに実践しているのだ。
と言っても、畝の間隔を一定にしたり、土の耕し具合を適切にしたりする程度のことだ。
だが、その程度であっても実行すれば確かな効果を見込める。
「それにしても、意外に早く整備できたわね。正直、もっと時間を要すると思っていたけど」
「そうだな。最近は何だか、力が溢れてくるんだ。ハンナもそうなんだろう? その影響だな」
ハンナの言葉に、ニルスが答える。
そんな会話をしつつ、2人は農具などを片付けていく。
「おお……。こっちはもう終わったのか? 早いな。一度様子を見に来ただけなのだが」
そこに、兄がやってきた。
「ああ。俺たちの方は、特に問題はないよ」
ニルスが答えた。
実際、彼が先ほどまで行っていた作業は、簡単な整地と苗の植えつけだけだ。
これならば、加護(小)の恩恵により力持ちで体力のあるニルスやハンナにとって、大した仕事ではない。
「そうか。それは良かった。しかし、お前たちがいてくれて本当に助かったぞ。おかげで、今年の冬を乗り切れるだけではなく、来年以降もずっと食べていけそうだ」
兄が笑顔で言う。
ニルスとハンナは、村人たちから感謝されていた。
当初、兄を始めとした一部の者は、ニルスとハンナのことを『逃亡奴隷』ではないかと疑っていた。
だが、実際には自分たちのために食料支援に来てくれたと知り、その疑いはすぐに晴れた。
そして、実際にニルスとハンナの支援のおかげで、村の食料事情は大幅に改善されたのだ。
「感謝の気持ちは受け取っておくけど、大元はハイブリッジ騎士爵様の功績だよ。俺やハンナの力なんて、微々たるものだ」
ニルスが苦笑しながら言う。
ハイブリッジ家がこの村に目をかけている以上、この村が今後も飢えることはまずないだろう。
「そうかもしれないな……。ただ、お前たちが恩人であることに変わりはないさ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
ニルスは素直に喜んだ。
自分が生まれ育った故郷を救えたことはもちろんのこと、やはり実の兄から感謝されるのは嬉しい。
最初に帰還した際に逃亡奴隷ではないかと疑われたことは、もはや気にならなくなっていた。
「では、今日はもう家で休んでいてくれ。たくさん働いて疲れているはずだ」
「いや、大丈夫だ。他の畑の整備は終わっていないんだろ? もう少し作業をしたい」
「そうか……。まあ、お前は昔から働き者だったからな」
兄が微笑みながら言った。
そうして、ニルス、兄、ハンナの3人は、他の畑に向かい、その整備を手伝い始めた。
普段からハイブリッジ家にて栄養のある食事を摂っているため、ニルスとハンナの体は以前よりも健康的になっている。
空き時間には、アイリスやクリスティと格闘の鍛錬をしている。
その上、タカシによる加護(小)の恩恵により基礎ステータスが2割向上し、一部のスキルのレベルが上がっている。
今のニルスとハンナの身体能力は、村人たちと比べてひと回り上であった。
「ふう……、こんなところかな」
ニルスが額の汗を拭う。
結局、彼はすべての畑の整備を手伝ってしまった。
「そうね。私もちょっとくたびれたわ」
ハンナも同じように汗をかいている。
だが、これだけの畑を整備した割には疲労が軽微だ。
「す、すげえな……」
「ああ……。とんでもない腕力と体力だ」
その様子を見ていた村人たちが、驚きの声をあげる。
栄養不足気味で、しかも加護の恩恵などもない一般の村人にとって、ニルスとハンナの力は驚愕に値するものだった。
「じゃあ、俺たちは帰るよ」
「お、おう。また明日も頼むぜ」
兄がそう言う。
「またねー。ニルスさん」
「ありがとな。ハンナちゃん」
村人たちもニルスたちに別れを告げる。
ニルスとハンナは奴隷だが、別に村人たちが主人というわけではない。
彼らの主人はタカシだ。
そして、奴隷が従うのは主人だけである。
そうは言っても、そこらの奴隷と村人であれば、村人の方が社会的地位は高い。
通常であれば、村人たちが他人の奴隷相手に丁寧な口調を使うことはないだろう。
だが、ニルスとハンナは別だ。
彼らはハイブリッジ騎士爵家で重用されている。
そうでなければ、故郷の村への食料支援など、なかなか認められない。
貴族家で重用されている奴隷身分の者と、田舎の村人。
この比較であれば、前者の方が社会的地位が高いと言っても過言ではない。
村人たちからのニルスとハンナに対する感謝や尊敬の念は、急速に高まりつつあった。
「滞在期間はまだある……。それまでに、できることはしておきたいな……」
ニルスはそんなことを呟きつつ、村に戻っていったのだった。
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