「……まぁいい。無駄話はこれぐらいにしておこう。それで、今後の手筈はどうなっている?」
「そろそろですね。事前に仲間が用意していた渡し船が……ああ、来ました。さっそく乗り込みましょう。王女殿下、ご準備はよろしいでしょうか?」
「うむ。問題ない」
ベアトリクスが答える。
サザリアナ王国の第三王女である彼女がこの地にとって異物であることは、言うまでもない。
そしてそれだけでなく、愛智藩の侍たちもまたこの地にとって異物である。
彼ら彼女らは、目的があって暗躍しているのだ。
ベアトリクスは同行する侍たちを見回し、告げる。
「これより我は、『櫛名田比売(くしなだひめ)』の加護を得るべく試練に臨む。我が加護を得ることは、貴様らにも利があることだ。しかとサポートせよ」
「「はっ!!」」
ベアトリクスが率いるサザリアナ王国の使節団は、大和連邦へ上陸してからいろいろとあった。
最初に接触したのは『女王派』だったのだが、諸問題が発生したためシュタイン=ソーマ騎士爵を置いて先へと進んだ。
そして『将軍派』と接触し、様々なことを協議した。
だが、鎖国国家である大和連邦――その二派閥の一角である将軍派との交渉は困難を極めた。
何とか妥協点として見出されたのが、連邦の各地に点在する『大和神』の加護を得て派閥に協力する代わりにベアトリクス側の要求を一部聞き入れる、というものだったのだ。
それぞれの神は、複数の人物に加護を与えていることが多い。
その力の源泉は神ごとに同じだ。
将軍派の協力者となっているベアトリクスがクシナダヒメの加護を得れば、現状で既に加護を得ていた者たちの力は相対的に弱まる可能性がある。
そうなれば、将軍派が各藩を併呑していく際に有利になるだろう。
もちろん、強化されたベアトリクスが単純に戦力として頼りになるというメリットもある。
仮に他者への加護が弱らなかったとしても、それはそれで構わない。
加護によってどういったタイプの能力を得るのかさえ分かれば、対策ができる。
特に、翡翠湖のすぐ東に位置する桜花藩――その幹部の一人はクシナダヒメの加護を得ていると噂されている。
桜花藩は、女王派と将軍派のド真ん中あたりに位置している。
その幹部への対策ができるのは、大きなアドバンテージだ。
愛智藩の侍たちは、ざっくり言えば上記のような感じの思惑を持っていた。
ベアトリクスとしても、使節団の目的を達するため、そして単純に自身の能力を高めるため、試練に臨むことに否やはない。
こうして、ひとまずの妥協案はお互いに受け入れられたのだ。
「では、行くぞ。『櫛名田比売』の加護を我が手に!!」
ベアトリクスが一歩を踏み出す。
そして、渡し船へと乗り込んだのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!