俺は『三日月の舞』が泊まっている部屋にやって来た。
オレっ娘の土魔法使いテナが、ここで心身の傷を癒やしているはず……。
そう思っていたのだが、部屋の中の彼女は両手両足を縛られた上に、床で正座をさせられていた。
しかも、全裸で。
明らかに異常な状況であり、誰かに乱暴を受けたことは明らかだった。
すぐにでも助けないとまずいと思ったのだが……。
「テナさん! 止めないでください! 衛兵を呼びに行きますよ!!」
「違うっすぅう! 誤解っすよぉおお!! オレっちは何もされていないっす!!」
「な、何もされてない……?」
テナの言葉を聞いた瞬間、俺は困惑する。
どういうことだ?
それならば、どうしてあんな状態になっていたんだ?
……ああ、そういうことか。
わかったぞ。
「テナさん……」
「な、なんすか!?」
「安心してください。俺があなたを助けてあげます!」
「ふぇ!?」
俺は、彼女の手を握る。
彼女は全裸だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺はそのまま、彼女に優しく語り掛けた。
「大丈夫です。俺は全て分かっています」
「そ、そうっすか……? それはそれで恥ずかしいっすが……」
テナは顔を赤くして俯く。
もじもじと体を揺らしている。
「恥ずかしがる必要はありません。テナさんは被害者ですから……」
「えっ?」
「悪いのは全てダダダ団の残党です。衛兵にちゃんと報告して、報いを受けさせてやりましょう」
「あ、その……」
「大丈夫です。俺が付いていますから。衛兵がテナさんに変な視線を向けてきたら、俺がぶっ飛ばしてやりますよ!」
明らかに被害を受けているのに、テナが衛兵を呼びたがらない理由。
それは、大事にしたくないからだろう。
犯罪の被害者というのは、そういう考え方をする者も多い。
とりわけ、今回のように性的被害に遭った場合はそうだ。
衛兵に事情を説明するのが恥ずかしいとか、余計な詮索をされるのが嫌だとか、あるいは自分が悪く思われるのが怖いから……。
そういった理由で、自分で解決しようとする人もいるのだ。
しかし、ここは俺に任せてほしい。
ダダダ団は少なくともすでに半壊状態だ。
頭領リオンと幹部ヨゼフ、それに構成員数十人を昨晩で倒したからな。
残党など大したことはないだろう。
「ふふふー。タケシさん、やっぱりいい人だねー……」
「見直してあげないこともないわね。……それにしても、テナ。1人にして悪かったわね。まさか残党が宿の最上階を襲撃するとは思わなかったから……」
ルリイとエレナが会話に加わる。
2人とも、俺への評価を上方修正してくれたようだ。
が、それはそれとして、現在の被害を思うと素直に喜べない。
「さぁ、テナさん。怖いのはわかりますが、ここは勇気を出して……」
「だから、違うんすよぉおお!!!」
テナが絶叫した。
「テナさん……。落ち着いて……」
「これが落ち着けるかっすぅうう! 誤解なんっすよぉお!!!」
テナは叫ぶ。
だが、その姿はあまりにも痛々しい。
全裸のまま、手足に鎖を巻きつけられ、首には金属製の首輪が嵌められている。
(だが、なぜだろう……。どこか不自然な気がする……。ああ、そうか)
違和感の正体。
最初から気づいていたのだが、会話の流れで言い出すタイミングを逃していた。
俺はテナに尋ねる。
「ところでテナさん……。その……、どうして自由に動けるのですか?」
「え……?」
「無理やり正座をさせられていたのでは……?」
これがずっと引っかかっていたのだ。
ダダダ団の残党により、全裸に剥かれた上で手足を縛られ、床に正座させられていた。
その後、テナが自力で外すことは不可能だろう。
なのに今、彼女は自由に動いている。
「確かに……妙ね?」
「あー……。テナちゃん、まさかー……」
エレナが首を傾げ、ルリイが何かを察したような表情を浮かべる。
テナが涙目で叫んだ。
「そ、その通りっす! オレっちは……一人で励んでたんっす!!」
「「……は?」」
「あー……」
俺とエレナから疑問の声が漏れ、ルリイは納得したような声を漏らす。
テナが続ける。
「朝起きてから……その……、体の火照りが収まらなくて……。それで、仕方なく自分を慰めてただけっすよ! 急に帰ってこられたから……困ったっす!!」
「な、なんだってーー!?」
俺は驚愕した。
だが同時に、彼女が衛兵を呼びたがらなかった理由を理解する。
つまり、テナは襲われたのではなく一人でアレをしていただけなのだ。
「てっきり、ダダダ団の残党のせいかと思いましたが……、違ったんですね」
「そんなわけがないっす。ダダダ団は昨晩で壊滅したっす。それに、もし残党がいたとしても、宿の最上階まで簡単には侵入できないっす」
テナの説明を聞いて、俺はホッとする。
これなら、落ち着いて当初の目的を達成できる。
俺は懐のナスに手を伸ばしたのだった。
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