「う……ん……」
紅葉はまだ目を覚ましそうにない。
まぁ、気絶したのだから当然か。
俺は彼女の頭を撫でると、そっと布団を掛けてあげたのだった。
「さて……」
紅葉は目を覚ましそうにないし、今度は流華の話を聞く番だ。
彼はずっと、俺と紅葉の会話を静かに聞いていた。
正直言って、かなり気まずいが……。
「兄貴……さっきの話なんだがな」
「ああ、『エンプフィントリヒ・ユングフラウ』のことか?」
「そうだ」
流華は頷く。
やはり、気にしているらしいな。
仕方がない。
ここは兄貴として、しっかりフォローしてあげよう。
「流華が気にしているのは、『性的に未経験』という制約のことだろう? 俺は制約に引っかかり、紅葉と流華は引っかからなかった。紅葉はさっきの説明で納得してくれたが……。流華はまだ気にしているんじゃないか?」
「あ、ああ……」
少女にとって、未経験であることは何のマイナスにもならない。
しかし、流華は少年だ。
先ほどの説明で安心できなくて当然である。
兵士は戦闘経験が多ければ多いほどいい。
獣として見た場合の人間のオスだって同様だ。
メスのように『妊娠・出産』というリスクがないため、好き放題に種付けしまくるのがオスの本能である。
ただ、メス側から見て『妊娠・出産時に面倒を見てくれずヤリ捨てされる』というのは最悪であり、そこは警戒されている。
現実的には、『自分が面倒を見れる範囲で広範囲に種付けする』か『ちゃんと面倒を見るという雰囲気を醸し出しつつ種付けして頃合いを見てトンズラする』のがオスとしての最適戦略だろう。
それが道義的に良いか悪いかではなく、あくまで遺伝子を残すために適した戦略という意味だ。
「兄貴は……その、未経験じゃないんだよな?」
「ああ、そうだ」
「やっぱりか……」
流華はポリポリと頭を掻いた。
おそらく、多少の劣等感を覚えているのかもしれない。
女性であれば、前述の通り未経験であることに何のマイナスもないが……。
男性は別である。
戦場に赴いたことのない戦士など、何の価値があるのか。
異性経験のない男――DTというのは、それだけで侮られることも多い。
「心配するな、流華」
「な、何がだ?」
俺は流華を励ます。
彼はぶっきらぼうな口調で言ったが、その目は不安で揺れていた。
「お前は、まだ12歳前後だろう? これから経験していけばいい」
流華は元孤児のため、年齢があやふやである。
しかし、見た感じでは紅葉と同年代。
まだまだ未熟な年齢だ。
異性経験がなくとも、何の不思議もない。
「そ、そうか?」
「ああ、そうだ」
俺は頷く。
これで納得してくれればいいが……。
「でもさ……。オレなんか……」
「心配性な奴だな。ま、どうしても相手が見つからなければ俺が相手をしてやるから安心しろ」
「ふぇ!?」
流華が素っ頓狂な声を上げる。
おっと、冗談がキツすぎたか?
流華だって、DTを捨てるのが俺のケツなんて嫌だろうし……。
「あ、兄貴! そ……それって……!」
「ふふ、頑張るんだぞ?」
「あ、ああ……! オレ、頑張るよ!!」
流華は力強く頷く。
どうやら、俺のケツが相当に嫌らしいな。
初体験の相手が俺という最悪な未来を避けるべく、彼はこれからより一層の努力をしていくことになるだろう。
一人前の男になれば、彼のことを好きになる可愛い子とも出会えるはずだ。
頑張れよ、流華!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!