「師範、そんなところにいたのですか」
俺を呼び止めたのは、武神流師範だった。
桔梗の祖父でもある。
「いたら悪いか?」
「いや……そんなことはありませんが……」
俺は苦笑する。
彼は師範として、確かな剣術の腕を持つ。
ただ、老いのためか闘気による身体強化が衰えつつあり、体力もやや低下した。
そのため、最近は半引退状態であり、専ら桔梗の指導の方に力を入れているようだ。
「それで、何の用ですか?」
「うむ……。お主、例の考えを改める気はないのか?」
「『例の考え』? ああ、あれですか」
俺はすぐに思い至った。
それは、俺が桜花城を攻め落とすという話だ。
「分かっているのか? 失敗すれば、命はないぞ」
「ええ。俺自身は死ぬつもりはありませんが、可能性は皆無とはいきませんね」
「ならば……」
「しかしもちろん、やめるつもりはありませんよ。俺は俺のやりたいようにやるだけです」
武神流師範の言葉に被せるようにして、俺は言い切る。
ミッションに従って行動すれば、記憶を取り戻すヒントを得られるかもしれない。
ミッション報酬だって魅力的だ。
それに、桜花藩の現藩主を取り除くという面でも価値はある。
紅葉が貧しく暮らしていた山村、流華が浮浪児となっていた街、そして桔梗がライバル流派の者たちによって辱められかけたこの城下町……。
それぞれの村や街を治める上層部にも、ある程度の責任はあるだろう。
しかし、大元の原因を作ったのは現藩主だ。
責任をとってもらう必要がある。
「桔梗との仲を認めてやる……と言ってもか?」
「それは……桔梗の気持ち次第でしょう?」
「ふむ。ならば、武神流の後継者として認めてやる……というのはどうだ? お主の剣は大半が我流で培ったもののようじゃが、実戦的で強いことに疑いの余地はない。武神流の習得速度も早いし、後継者として不足はないぞ」
「…………」
師範が何を言いたいのか、分からない。
歴史ある武神流の後継者として認められるのは、純粋に名誉なことだと思う。
今は潰れかけだが、上手く再興させられれば稼ぎだって良くなっていくはず。
総合的に見て、悪くない提案だが……
「何なら、他のおなごを囲っても目を瞑ってやるぞ。紅葉に……流華といったか? 儂が直々に護身程度の剣術を教えている途中じゃが、桔梗との仲も良好のようじゃ。三人まとめて囲うのも良かろう」
「それは……」
芳しくない俺の反応を受けてか、提案がさらに魅力的になった。
複数の女性と共に暮らす……。
一部の上流階級や大富豪には、あり得る話だろう。
だが、平民には過ぎた夢である。
法律や制度の面での問題もあるかもしれないが、何よりも単純に『稼ぎが追いつかない』という問題がある。
普通の平民は、複数の女性を養えるだけの稼ぎを得ることはできないのだ。
そして、女性側の親もそのあたりの事情は容易に理解できるため、娘の夫が複数の女性と関係を持つことに良い顔をしない。
そんな中、師範の提案が魅力的であることに疑いの余地はない。
彼の提案を受け、俺は……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!