「たのもーう」
俺は武神流の門を叩く。
すると、すぐに扉が開いた。
「……道場破り?」
「え? いや、そういうわけではないが……」
俺は慌てて首を振る。
道場の中から出てきたのは、少女だった。
年齢は12歳くらいだろうか?
手入れが行き届いていないボサボサの黒髪を、無造作に後ろでくくっている。
体は小柄で……胸も控えめだった。
「……なら、入門希望者?」
「うーん、そういうわけでもないんだけど……。君は?」
「私……? 私は桔梗(ききょう)。武神流の師範代。この道場の師範は、今はいない……」
少女――桔梗が淡々と言う。
この子が武神流の師範代……?
失礼ながら、とてもそうは見えない。
「その師範は今どこに――って、何を?」
「まずは腕比べ……。あなたの実力と心を見極める……。冷やかしなら、叩きのめす……」
桔梗は木刀を俺に手渡してきた。
ちょっと唐突な流れだが……。
これが武神流の流儀なのだろうか?
桔梗はローテンションで無口気味だし、彼女なりの交流方法なのかもしれないな。
「なるほど……。じゃあ、手合わせ願おうか」
「……ん」
俺は道場の中央付近に立ち、木刀を構える。
対する桔梗は自然体だ。
隙だらけのように見えて、ほとんど隙がない。
かなり強いな。
……ま、一般町人レベルの中ではという話だが……。
「俺の実力を見せてやろう。はあぁーーっ!」
俺は一気に間合いを詰める。
闘気や魔力による身体強化はナシ。
さすがに、全力全開なら俺が勝つに決まっているからな……。
純粋な俺の身体能力で勝負する。
「……っ!?」
俺の腕力を前に、桔梗の木刀が跳ね上がった。
そして、彼女は無防備になり、驚いたような顔をする。
だが、すぐに表情を戻した。
「たあぁーーっ!」
俺は木刀を振り下ろす。
桔梗は……動かない!?
俺の一撃が、そのまま彼女の頭に――
「【縮地】」
「っ!?」
桔梗が呟いた瞬間、彼女の姿が消える。
俺は慌てて周囲を見回す――と。
「……はい。私の勝ち」
「な……!!」
いつの間にか、俺の喉元に木刀の切っ先が突き付けられていた。
全く見えなかった……。
「ぬぅ……」
完全に負けた。
いや、魔力や闘気による身体強化をしていればもっと対応できたし、剣術に限定しなければ魔法や体術によっていくらでも勝ち筋があった。
それに、子どもを相手にしているということで油断もあった。
だが、それは言い訳だろう。
この腕比べにおいて、俺が負けたのは事実だ。
そこそこ悔しい……。
「今のは?」
「ん……? 武神流秘伝の技……『縮地』」
「なるほど……」
どうやら、武神流の技らしい。
魔力や闘気、あるいは妖力とやらを消費して瞬間的に身体能力を強化しているのだろう。
そこに卓越した技術も加わり、まるで消えたかのように見えたわけだ。
「その技、教えてもらえないか?」
「……ん」
桔梗はコクンと頷いた。
ダメ元だったが、意外に気前がいいな。
秘伝の技とやらを簡単に教えてくれるとは……。
「……まいどあり」
「まいどあり? ……え? 何の話だ?」
桔梗が手のひらを上に向け、こちらに差し出している。
俺は困惑した。
「腕比べに負けた者は、門下に入る。そういう伝統……」
「そうなのか?」
「……ん。そして、教えを請うには対価が必要。だから、まいどあり」
「なるほど。そういうことなら……」
門下生になるつもりはなかったのだが、別に強く拒否する理由もない。
路銀に多少の余裕はある。
剣術道場なら、桜花七侍の情報を持っているかもしれないし……。
単純に俺自身の力量アップに繋がる可能性もある。
ここは門下生になっておくとしよう。
「入門料はこれくらいでいいか?」
「……っ!?」
「ん? どうした?」
「……何でもない。教えの対価、確かにいただいた……」
なぜか驚いた様子を見せた桔梗だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
彼女は俺から金を受け取り、懐にしまう。
「これからよろしく頼む」
「……ん。こちらこそ……」
俺は桔梗と握手する。
こうして、俺は武神流に入門することになったのだった。
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