「余の『散り桜』は、絶対防御の妖術……。敵の攻撃がどれほど鋭くとも、余を傷付けることはできぬ」
「ふむ……」
「だが、あいにく攻撃力には欠けていてな。一定以上の実力者を討ち取るには心もとない」
「随分と正直者だな。自らの弱点を説明するとは……」
俺は言う。
景春の意図がイマイチ分からない。
「貴様ほどの強者と敵対したくないだけだ。お互いに決め手に欠ける戦いになる。いつまでも決着が付かなければ、いずれ城内の侍が駆けつけてくるぞ」
「お前にとっては好都合だろう? 何百人もの侍に襲われたら、さすがの俺でも負けちまうかもしれん」
剣術や闘気だけで正面から迎え撃てば、そうなる可能性が高い。
まぁ、魔法の範囲攻撃を活用すればもっと楽に戦えるし、いざとなれば逃げることもできるけどな。
「余の血統妖術は門外不出。直属の桜花七侍はともかく、階下の侍たちに知られることは避けたい」
「なるほど。それで?」
「話し合いで解決したい」
景春が言う。
なんとも虫のいい話だ。
「具体的な条件は?」
「重要参考人として招致した娘たちは返そう。元より、危害を加えるつもりは一切なかった。謎の事態の原因を探るべく、少しばかり焦ってしまったのだ。その点については、余の落ち度と認める」
「態度は殊勝だな。だが、それだけか?」
「これまでの失政については、今後の政務で挽回しよう。言い訳になるが、余は正気を半ば失っていた。桜花七侍に命じ、原因の究明を急がせているところだ」
「ふむ……」
俺は考える。
こいつの譲歩内容は、悪くない。
だが……。
「それだけか?」
俺は景春に言う。
俺の言葉に、景春はピクリと眉を動かした。
「……今回の迷惑料を支払おう。向こう数年間は、十分に食べていけるだけの額だ」
「それだけか?」
「……招致した娘たちとその家族にも同様の額を渡そう。今後、決して迷惑は掛けぬと誓う」
「それだけか?」
「……貴様が望むなら、桜花七侍として召し抱え、いくらかの実権を与えよう」
「それだけか?」
「余が譲歩できる限界だ」
「足りないな。重要なものが抜けている」
「他に……何を望むというのだ……!!」
景春が俺を睨んでくる。
そこそこの迫力だ。
10代前半の少年とはいえ、一応は藩主を務めているだけはあるな。
ま、多少の迫力に怯む俺ではないが。
「決まっているだろう? この桜花城……いや、桜花藩全体の支配権さ」
俺は刀を突き出す。
その刀の先端を、景春の喉に向けた。
「なっ……!?」
「ちんけな妖術と血筋だけで、支配者気取りか? お前みたいなガキに、藩主は務まらん」
「……一理あるやもしれん。だが、余は偉大な祖先から受け継いだこの地位を、何としても守らねばならんのだ」
「なら、戦うしかないな」
「舐めるな……! 『散り桜』は門外不出だが、藩の存亡と天秤にかけるほどではないのだぞ!! 余を含めた全戦力を用いれば、こちらが勝つ!!」
景春が強い妖力を放つ。
その周囲に桜の花びらが舞った。
受け身の能力だと思っていたが、能動的に発動させることも可能らしい。
「そちらが勝つ? 大層な自信だな。その『散り桜』……破ってみせよう」
俺は不敵に笑う。
階下の侍どもが駆けつけてくる前に、さっさと終わらせないとな。
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