ジェイネフェリアの工房にて、『アダマンタイト粉砕機』を回収してアイテムルームに収納したところだ。
「まぁ、細かい話は置いておくとして、早くリンドウへ出発しようぜ。さっきからウズウズが止まらないんだ」
「男爵さんは、本当に新しいもの好きなんだよ。魔道具も、人も、食べ物も、そして土地も……」
「そうか? ……うん、そうかもしれないなぁ」
俺はかつて無職であり、 リアル世界での行動範囲は狭かった。
とはいえ、インターネットで様々な情報に接することはできていた。
ガハガハ動画とかミーチューブを見たり、サエズリッターで他人の投稿を眺めるのが日課だった。
ウェブ漫画も好きだったな。
この世界にはインターネットがない。
新しい情報に接するためには、自分の足で動き回る必要があるわけだ。
「もちろん、既存のものを大事にすることも良いと思う。でも、こうして新しい場所を探索するときのワクワク感は、何物にも代えがたいものがある」
「分かる気がするんだよ。僕も魔導技師の端くれだから、やっぱり色々試してみたいという気持ちはあるんだよ」
「冒険者と魔導技師……。分野は違えど、俺たちは想いを同じくするわけか」
「そうなんだよ。これからもよろしくお願いするんだよ」
「こちらこそ」
俺たちは再び握手を交わす。
男同士の友情だ。
彼の手はとても柔らかくて、握っているだけで幸せな気分になれる。
まるで、本当は男じゃないかのようだ。
「……あの、男爵さん。そろそろ手を離してほしいんだよ」
「おっと、すまん。つい興奮してしまった」
俺は名残惜しみながらもジェイネフェリアの手を放す。
そして、工房の外に出る。
「――ん? ミティ?」
工房の前に見慣れた顔があった。
彼女は俺たちの姿を認めると、駆け寄ってきた。
「タカシ様!」
「おお、どうした?」
「どうしたじゃありません! 今日はリンドウの古代遺跡に行くご予定でしょう?」
「その通りだが……。魔道具を使ってアダマンタイトを粉砕するだけだ。俺とネフィだけでも十分だぞ? 護衛や観光を兼ねて、誰かを誘おうかなぐらいには思っていたが。マリアや蓮華、あるいは警備兵の誰かに声を掛けて……」
「私が行きます!」
「え?」
「私が一緒に行きます!」
「体調は大丈夫なのか? 前回のような温泉観光ならまだしも、これは一応仕事だぞ?」
ミティ。
それにアイリスとモニカ。
彼女たちは、今年の8月にそれぞれの第一子を出産したばかりだ。
今は12月。
出産から4か月ほどしか経っていない。
体調はまだ万全ではないだろう。
治療魔法やポーションがあるので、運動が厳禁というほどではないが……。
それでも、不要な運動は避けるべきだと考えていた。
「問題ありません。……といいますか、一つお忘れではありませんか? タカシ様」
「ん?」
「重い魔道具の収納はタカシ様の空間魔法で対処可能です。しかし、設置は難しいのでは?」
「あっ……」
言われてみれば確かに。
異空間へ収納する際には、アバウトな運用でも問題ない。
だが、取り出して設置する際には、ある程度繊細な位置取りが必要となる。
アダマンタイト粉砕機をアイテムルームから出したあと、アダマンタイトの巨石に対して良い場所に移動する作業が要るのだ。
「そうだったな。すっかり失念していた」
「もう。しっかりしてください」
「すまない。俺としたことが」
「……いえ、私も言い過ぎました。タカシ様はいろいろな仕事をされていますもんね。これぐらいはミスの内にも入りません」
お互いに頭を下げる。
「それじゃあ、ミティが来てくれるのか?」
「はい。喜んで」
「分かった。一緒に行こう」
これでメンバーは確定した。
俺、ミティ、ジェイネフェリアだ。
無駄のない構成だな。
俺がいることによって『魔法の絨毯』でラーグからリンドウへ高速移動できるし、到着後のブギー頭領たちとの意思疎通も迅速に行うことができる。
ミティがいることによって、アダマンタイト粉砕機の位置を人力で微調整できる。
そしてジェイネフェリアがいることによって、アダマンタイト粉砕機の使い方をその場で教えてもらうことができる。
「えっと……。この三人だけで行くんだよ?」
「そうだが……。何か問題でもあるか?」
「向かう先は古代遺跡だし、魔物だって出る可能性があるんだよ? 危険なんだよ」
「もちろん承知している」
大規模な魔物狩りを実行したと言っても、西の森にはまだまだ魔物が生息している。
山岳地帯も同じだし、採掘場周辺に魔物が入り込むことはある。
加えて言えば、古代遺跡の奥に魔物が生息している可能性も十分にある。
採掘場から古代遺跡へ向かう入口はアダマンタイトの巨石によって塞がれているとはいえ、実は他にも入口がある可能性は否定できない。
また、もし密閉空間になっていたとしても内部だけで生態系が確立していれば、いくらかの魔物が住み着いている可能性がある。
「三人だけは不安なんだよ。僕は戦えないんだよ」
「ネフィに戦わせるつもりなんてないぞ? 俺とミティがいれば十分さ。ブギー頭領やジョー副棟梁あたりも、時間
が合えば立ち会ってくれるだろうし」
「でも……」
ジェイネフェリアは俯く。
非戦闘員である彼にしてみれば、古代遺跡にわずかな人数で赴くことは怖いのか。
「あれ? タカシたちじゃん。どうしたの? こんなところで」
「おお、アイリス! いいところに!」
ちょうどいいタイミングで、アイリスが通りかかった。
俺は事情を説明する。
「なるほど。そういうことなら、ボクも付き合うよ」
「いいのか?」
「うん。今日の治療回りと武闘指導は終わったから。少し疲れているけど、まだまだ動けるよ」
アイリスは聖ミリアリア統一教の助祭であり、武闘神官でもある。
ここ新大陸での布教活動に熱心だ。
一方的に神の教えを押し付けるわけじゃなくて、治療や武闘の指導と共に布教している。
ラーグの住民にもその教えは順調に広まりつつあった。
「ありがとう! 恩にきる!」
俺はアイリスの手を握る。
彼女の手はとても温かくて柔らかい。
まるで聖母――あるいは聖女のような慈しみが感じられた。
「そんな大げさに言わなくても。ボクにとっても、タカシは大事な旦那様だからね」
「アイリス……」
「タカシ……」
俺たちは見つめあう。
「あの、男爵さん。そろそろ出発しないと、帰る頃には日が暮れてしまうんだよ」
「おっと、そうだった。悪いなネフィ。それじゃみんな、行こうか。魔法の絨毯に乗ってくれ」
こうして俺、ミティ、アイリス、ジェイネフェリアの四人は、リンドウへ向けて飛び立ったのだった。
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