俺がファイアードラゴンを討伐すべきかどうか悩んでいたところ、新たなミッションが追加された。
『ファイアードラゴンをテイムせよ』という内容だ。
行くべき道を示してくれるのは非常にありがたい。
「ファイアードラゴンよ。少し待っていてくれ」
「ぐすっ。わかった。勝手にいなくならないでね」
彼女は寂しがりやのようだ。
実の母親であるフレイムドラゴンは行方不明。
そして、彼女の言葉を解する人間も俺以外にはいない。
やっと出会った意思疎通できる人間は、簡単には手放さないだろう。
俺がこっそり帰ろうものなら、地の果てまで追ってくるかもしれない。
ここはダンジョン最奥の封印の間である。
しかし、経年劣化により封印は緩んでいる様子だ。
先ほどの戦闘の余波により、天井が大きく崩れている。
頭上には、空が見える。
今にも降り出しそうな曇り空だ。
ファイアードラゴンがその気になれば、空を飛んでここから出ることも可能だろう。
場合によっては、ルクアージュの町民などに被害が出る恐れがある。
何とかテイムを成功させ、落ち着かせたいところだ。
「ユナ。ちょっと来てくれ」
「ふふん。何かしら? って、おおかた予想はつくけど……」
「このファイアードラゴンのテイムに挑戦してもらいたい。できるか?」
ユナのテイム術のスキルレベルは4。
かなり上級の魔物を手懐けることができるはずだ。
「わからないけど……。試してみる価値はあるわね」
ファイアードラゴンの戦闘能力はかなり高い。
手懐ければ頼りになる。
一応、現状でも俺と意思疎通できているので、連れ帰るぐらいは可能だろう。
しかし、意思疎通できるのが俺1人というのは心もとない。
ユナがテイムに成功すれば、意思疎通できるのが2人になる。
加えて、テイムの場合は単なる言語により意思疎通ではなく、魂の繋がりによる意思疎通が可能となる。
言語による意思疎通と一長一短の関係ではあるが、俺では気づけないような心の機微にも気を配れるだろう。
ファイアードラゴンの制御には細心の注意を払う必要がある。
突然機嫌を損ねて、街中などで暴れだしたら一大事だからな。
ユナがファイアードラゴンの前に立ち、視線を合わせる。
「汝。我が盟友となり、ともに歩むことを望むか? 望むならば、我らの魂の紐付けに同意せよ」
「え? なに? 聞き取りづらい……」
ファイアードラゴンが聞き返す。
ユナの言葉は、ファイアードラゴンに一定程度通じているようだ。
テイム術レベル4の恩恵だろう。
しかし、やや聞き取りづらいと。
「つまり、俺たちの友としていっしょに付いてくるか? ……ということだ」
「いいね、それ! 付いてく!」
ファイアードラゴンが嬉しそうにそう言う。
そして、ユナの魔力とファイアードラゴンの魔力が交差し、結びつこうとする。
しかしーー。
「うっ! 魂の存在力が強すぎる……。テイムは厳しいかも……」
ユナがそうつぶやく。
テイムの難易度は、対象の魔物との友好度や、格に応じて上下する。
「人間ー。がんばって!」
ファイアードラゴンがそう応援する。
彼女は、ユナにテイムされることに前向きだ。
それにも関わらずテイムが難航しているということは、ファイアードラゴンの格が凄まじく高いということである。
「(ユナ。テイム術をレベル5にするか? これまでの戦いでレベルアップしていたから、上げられるぞ)」
俺はユナにそう耳打ちする。
ダンジョン攻略中のゴタゴタで後回しにしていたが、みんながそれぞれレベルアップしている。
「(そうね。いい機会だわ。思い切って上げちゃってちょうだい)」
ユナが即断即決をする。
判断が早い。
俺ならもっと迷うかもしれない。
まあ、普段からある程度は考えていたのだろうが。
俺はステータス操作で、ユナのテイム術をレベル5にする。
「ふふん。これならいけそうだわ!」
「人間ー。仲良しになろう!」
ピカッ。
ユナとファイアードラゴンの魔力が結合し、光が発生する。
無事にテイムに成功したようだ。
一方的な主従関係ではなく、パートナーといったところだろうか。
「これからよろしくね。ファイアードラゴン……いえ、ドラちゃん」
ユナがファイアードラゴンをそう名付ける。
こんにちは、ぼくドラちゃんです。
「よろしくー。人間たち」
ファイアードラゴンがそう返す。
「ふふん。私の名前は、ユナよ」
「俺はタカシだ。他にも大切な家族たちがいる。後で紹介しよう」
「わかった。よろしく、ユナ、タカシ」
俺、ユナ、ファイアードラゴン。
2人と1匹で手を重ね、友好の証とする。
「す、すげえ……。竜種をテイムしちまった」
「まるで、おとぎ話の主人公みたいだ!」
「いいものを見せてもらった。これは、一生自慢できるな」
トミーたちがそう言う。
竜種をテイムするなど、普通はムリだろう。
今回の場合は、好条件が重なった。
俺たちミリオンズの抜群の戦闘能力により、ファイアードラゴンを戦闘不能にまで追い詰められたこと。
俺の異世界言語のスキルにより、正確な意思疎通ができたこと。
ユナのテイム術のレベルがステータス操作によって5に達したこと。
ファイアードラゴンが寂しさにより、テイム契約を結ぶことに前向きだったことだ。
どれか1つでも欠ければ厳しかったことだろう。
現に、ユナのテイム術がレベル4のままでは、難しかったようだし。
テイムに成功したのはギリギリだった。
「おめでとうございます! タカシ様!」
「すばらしいですわ。我がラスターレイン伯爵領の民たちも、これで平和に暮らせるでしょう」
リーゼロッテがそう言う。
ファイアードラゴンは、寂しさから暴れまわり、その轟音がルクアージュにまで届いていた。
実害こそまだ出ていなかったものの、領民たちは不安に思っていたそうだ。
ファイアードラゴンが俺たちに付いてくることにより、それが解消される。
あたりに少し気の緩んだ空気が漂う。
ポトリ。
空から雨が降ってきた。
先ほどまでの戦闘の余波により崩れた天井から、雨粒が落ちてきたようだ。
「雨か……」
「水は嫌い。だれか塞いでよ」
ドラちゃんがそう言う。
炎の竜なだけあって、水が苦手なようだ。
もう少し早く降ってくれていたら、俺たちは戦闘をもっと有利に進められたかもしれない。
今さら振られても、もう遅い。
「わ、わたしが雨除けを作りましょう」
ニムがそう言う。
彼女の卓越した土魔法なら、それも可能だろう。
さすがに、広範囲にわたって崩落した天井自体を修復するのは難しいか。
「いろいろありましたが、めでたしめでたし、ですわね」
「そうだね。ドラちゃんが住む場所は考えなければいけないけど……」
リーゼロッテとアイリスがそう言う。
諸問題は残っているものの、大きな問題は解決したと言っていい。
これでひと安心だ。
俺が気を抜いた、そのときーー。
ピュンッ!
俺たちの背後から、謎の物体が高速で通り過ぎていく。
それはファイアードラゴンの腹に直撃した。
「うわああぁっ! い、痛いよぉ……」
ファイアードラゴンが倒れ込む。
彼女の腹から血が出ている。
「めでたしめでたし、だと? 考えが甘過ぎる」
「無能のリーゼロッテはこれだから困りますね。危険な竜を放置しておく理由がどこにあるのです?」
ラスターレイン伯爵家当主のリールバッハに、長男のリカルロイゼだ。
当主の妻マルセラ、次男リルクヴィスト、次女シャルレーヌもいる。
先ほどの物体は、おそらくリールバッハあたりが放った水魔法か。
しかし……。
何だか彼らが纏う雰囲気が変わっているような気がする。
剣呑な空気だ。
そして、彼らの傍らにはーー。
「うふふ。ダンジョン攻略に、ファイアードラゴンの無力化。わたくしの想定以上のご活躍でしたわ。お礼を言わせていただきますね、タカシさん」
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